花菱

宮脇

みやわきMiyawaki

全国676位 ・ 約2.9万人

宮脇(みやわき)は、甲斐・羽前・丹波などにこの地名が見えるが、多くは神社の脇に住んだことから起こったものか。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
みやわき
ローマ字
Miyawaki
全国順位
全国676位
推計人数
約2.9万人
全国比率
日本人のおよそ0.024%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

宮脇をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Miyawaki読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「宮脇」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第6巻 149コマに「家紋八重萎内に花菱」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 甲斐国(山梨県)
  • 羽前国(山形県)
  • 丹波国(京都府・兵庫県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

宮脇(みやわき)は、甲斐(山梨県)・羽前(山形県)・丹波(京都府・兵庫県)などにこの地名が見えるが、多くは神社の脇に住んだことから起こったものか。 【1】安曇姓 ― 信濃(長野県)の名族で、穂高神社の社家の一族だという。「安曇」「穂高」などの項を参照。 【2】清和源氏武田氏族 ― 甲斐の名族で、宮脇村から起こった。米倉太郎兼信(信継)の十一代・米倉左太夫誠俊、宮脇○三種友と見える。家紋は八重菱の内に花菱。 【3】美濃(岐阜県)の宮脇氏 ― 『新撰志』に「須原村の白山権現社。祠官は大江氏・宮脇氏・執行氏」などを載せる。 【4】熊野氏族 ― 讃岐(香川県)の豪族で、『全体史』に「松縄城は香東郡松縄村にある。宮脇織部之がここに居る。熊野清光の裔である。天正の時、宮脇兵庫頭があり、すなわち植松備後守の妻の父である。代々香西氏に属した」といい、また『南海通記』に松縄手の「宮脇氏族、立石・伏石に、云々」とある。「香西」の項を参照。 【5】雑載 ― そのほか鳥取藩士に宮脇久右衛門、狩野派の画家に宮脇有景(法橋素行)、また山城(社家)・摂津(社家)にあり、また播磨(兵庫県)・武蔵(東京都・埼玉県)などにもある。 (このあと原文の組版が入り乱れ、別項「三善」の記事が入り込む)「延喜十七年の条に『三善清行。淡路守従五位下氏吉の三男、母は佐伯氏』と見える。学問をもって雲上に列した。その子に浄蔵がある。 『大法師浄蔵伝』に『釈浄蔵は俗姓は三善、右京三坊の人である。その先祖は百済国の速古王である。父は参議従四位上・守宮内○、播磨権守清行卿である』と載せ、また『明匠略伝』に『浄蔵大法師は俗姓は三善朝臣、右京の人である。父は参議従四位上・宮内○清行の第八子である』などと見える。子孫は後にある」「○漢族の三善朝臣 ― 前項の氏と同じく綿織氏の後だが、流れを異にする」。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

宮脇ミヤワキ甲斐、羽前、丹波等に此の地名見ゆれど、多くは神社の脇に住せしより起りしものか。 1安曇姓信濃の名族にして、穂高神社の社家族也と云ふ。安曇穂高等條參照。 2〓和源氏武田氏族甲斐の名族にして宮脇村より起る。米倉太郞兼信(信繼)十一代米倉左太夫誠俊、宮脇〓三種友と見出。家紋八重萎内に花菱。 3美濃の宮脇氏新撰志に「須原村白山權現社。祠官·大江氏、宮脇氏、執行氏」等を載す。 4熊野氏族讃岐の豪族にして、全體史に「松繩城は香東郡松繩村に在り。宮脇織部之之居る。熊野清光の裔也。天正時、宮脇兵庫頭あり、則ち植松備後守の妻の父也。世々香四氏に屬す」と云ひ、又南海通記に松繩手の「宮脇氏族、立石、伏石に云々」と。香四條參照。 5雜載その他、鳥取藩士に宮脇久右衛門、狩野派畫家に宮脇有景(法橋素行)、又山城(社家)、攝津(社家)に存し、又播武藏等ミヤモトミヤモリ-ミヤワウミヤワキ天文化延喜十七條に「三善〓行。淡路守從五位下氏吉の三男、母佐伯氏」と見ゆ。學を以つて雲上に列す。その子に淨藏あり、大法師淨議傳に「釋淨藏は俗姓三善、右京三坊の人也。其の先は百濟國速古王也。父は參議從四位上守宮内癇發播磨權守清行卿也」と載せ、また明匠略傳に「淨藏大法師は俗姓三善朝臣、右京の人也父は參議從四位上宮內彌〓行の第八子也」など見ゆ。子孫後に在り。〓漢族の三善朝臣前項氏と同じく綿織氏の後なれど、流を異にす。

姓氏家系大辞典 第6巻 149コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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