門田
かどたKadota
ほかの読み: もんでん
全国665位 ・ 約2.9万人
門田(もんだ/もんでん)は、岩代・備後などにこの地名がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- かどた ・ もんでん
- ローマ字
- Kadota
- 全国順位
- 全国665位
- 推計人数
- 約2.9万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.024%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
門田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
「かどた」と読む場合
Kadota読みをそのまま写した形
「もんでん」と読む場合
Monden読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 岩代国(福島県)
- 備後国(広島県)
- 甲斐国(山梨県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
門田(もんだ/もんでん)は、岩代(福島県)・備後(広島県)などにこの地名がある。そのほかは「カドタ」の項を参照。また薩摩(鹿児島県)……(このあたりで原文の行が乱れる)……甲斐(山梨県)の名族である。藤原姓だという。……(中略) (以下は別項「問注所」の記事)【2】筑後(福岡県)の問注所氏 ― 三善○行の遠い子孫、問注所康行が正和二年に鎌倉から下向して生葉郡を領し、その裔孫・加賀守親照が大永年中に井上城ならびに立石城を築いた。相去ること僅かに数町なので、興廃も相同じである。 親照(天文に死す)の子を加賀守重直という。大友に属し、その弟・町野鑑景は秋月種実に属して、兄弟が相攻撃した。重直は力尽きて城を棄て、同族の刑部少輔統景の長岩城へ逃れた。鑑景はそこで奪ってここに居った。福丸城主・星野正実もまた立石の城塁を襲ってこれを抜いた。鑑景はついに毛利へ走った。その後、毛利氏は鑑景のために城を回復させようとして秋月種実と謀り、立石城の隙をうかがい一戦して城を陥れた(『久留米小史』)という。ただし異説が頗る多い。 その系図は『将士軍談』に「問注所町野氏(問注所政連の家伝の写し、平川氏家蔵の平川家譜、○吉井若宮大宮○安本氏の家○氏筆に、三番末斎系・崎問注所略系などを交え取り、そして平川安元の家譜を本とし、加えてその他をもってする。その由を記す者は、系略・略系も同説である)。 問注所家譜は累世相伝わる。しかるところ、問注所安芸守鑑豊が筑紫上野助惟門と筑前国(福岡県)○島で戦って敗死し、その妻(高橋三河守鑑種入道宗専の姉である。専は一に仙)は豊前国(福岡県・大分県)彦山の奥坊に蟄居したが、その山が兵火のために焼かれた。この時、家譜ならびに家伝、吉光の刀が焼失した」……(この先は引用が閉じないまま途切れている)
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
門田モンダモンデン岩代、備後等に此の地名ありその他はカドタ條を見よ。又薩甲斐の名族也。藤姓なりとぞ。……2筑後の間注氏三善〓行の違裔間注所康行·正和二年、鎌倉より下向し、生葉郡を領し、其の裔孫加賀守親照·大永中、井上城、並に立石城を築く。相去ること僅に敬町、故に興廢相同じ。親照(天文死)の子を加賀守重直と云ふ、大友に屬し、其の弟町野鑑最は秋月種實に屬し、兄弟相攻擊す。重直力盡き、城を棄てゝ、同族刑部少輔統景の長岩城に通る。艦景乃ち奪うて之に居る。福丸城主星野正實また、立石の城疊を襲ひて之を拔く。鑑景·遂に毛利に走る。爾後、毛利氏·鑑最の爲に城を復せんと欲し、秋月種實と謀り、立石城の間隙を伺ひ一戰して城を陷る(久留米小史)と 0但し異說頗る多し。をの系圖は將士軍談に「間註所町野氏(間注所政連家傳の寫、平川氏家藏平川家譜、冒菜吉井若宮大宮町安本氏家布氏筆に、三番末齋系崎問註所略系等を交取し、而して平川安元家諸を以つて、本と爲し、加ふるに其の他を以つてす。其の由を記す者は、系略、略系同說也。間註所家譜·累世相傳ふ。然る處、間註所安藝守鑑豐·筑紫上野助惟門と、筑前國士島に戰ひて敗死し、其の妻(高橋三河守鑑種入道宗專の姉也。專は一に仙)·豐前國彦山奥坊に蟄居せしが、彼の山·兵火の爲に焚かる。此の時、家譜、並に家傳、吉光刀燒失す。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
門田と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
「かどた」と読む名字
「もんでん」と読む名字
同じ漢字を使う名字
門田に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「門」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が門田の前後にある名字です。
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