長谷部
はせべHasebe
全国668位 ・ 約2.9万人
長谷部(はせべ)は、御名代部の一つで、雄略天皇の御諱・大長谷若建命の「長谷」を名に負い奉ったものである。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- はせべ
- ローマ字
- Hasebe
- 全国順位
- 全国668位
- 推計人数
- 約2.9万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.024%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
長谷部をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Hasebe読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「長谷部」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
銀杏
扇形にひらいた銀杏の葉を一枚、柄を下にして描いた図案。
『姓氏家系大辞典』第5巻 83コマに「家紋三銀杏、丸に三'5」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 大和国(奈良県)
- 遠江国(静岡県)
- 上総国(千葉県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
長谷部(はせべ)は、御名代部の一つで、雄略天皇の御諱・大長谷若建命の「長谷」を名に負い奉ったものである。この天皇は長谷朝倉宮にお座りになった。長谷は、『和名抄』に大和国(奈良県)城上郡長谷郷(訓は波都勢)とある地で、天皇の御名はこの地名を負われたものである。そして『古事記』雄略段に「また長谷部舎人を定めた」と見えることを思えば、この御名代部は天皇の舎人部の裔であることを知るべきである。なお「長谷」の項を参照。 【1】参河の長谷部 ― 神護景雲二年九月紀に「参河国習海郡の人・長谷部文選、云々、少初位上を授ける」とあるのはこの部の裔で、また『和名抄』の碧海郡に谷部○を収める。「谷部」は「長谷部」の上を略したものである。 【2】遠江(静岡県)の長谷部 ― 麁玉郡に長谷神社がある。 【3】上総(千葉県)の長谷部 ― この国の長柄郡に谷部○がある。『和名抄』に「波世倍」と注記する。 【4】下総(千葉県・茨城県)の長谷部 ― 正倉院文書、大島○戸籍に長谷部小宮売などと見える。……(中略) 【6】越中(富山県)の長谷部 ― この国の新川郡に長谷○があって、高山寺本『和名抄』に「波世」と注記する。 【7】そのほか諸国に多く、後世は多く長谷部信連に附会する。以下の各項および「チヤウ」「ナガ」などの項を参照。 【8】長谷部造 ― 物部氏の一族で、長谷部の伴造家である。『姓氏録』大和神別に「長谷部造。神饒速日命の十一世の孫・千速見命の子孫である」と載せる。 【9】長谷部君 ― 武内宿禰の裔、波多氏の一族である。これも長谷部の伴造家だろう。『古事記』孝元段に「波多八代宿禰は長谷部君、云々の祖である」とある、その後裔で、氏人は正倉院の神護景雲四年文書などに見える。……(中略)『皇孫本紀』に「五十狭城入彦命は三河長谷部直の祖」と見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
長谷部ハセペ御名代部の一にして、雄略天皇の御諱·大長谷若建命の長谷を名に負ひ奉りし也。此の天皇は長谷朝倉宮に坐廿日、長谷は、和名抄に大和國城上郡長谷卿(訓波部勢)とある地にして、天皇の御名は此の地名を負ひ給へる也。而して古事記、雄略段に「又長谷部舍人を定む」と見ゆるを思へば、此の御名代部は天皇の舍人部の裔なるを知るべし。猶ほ長谷條參照。 1參河の長谷部神護景雲二年九月紀に「參河國習海郡人長谷部文選云々、少初位上を授く」とあるは此の部の裔にして、また和名抄、碧海郡に谷部〓を收む、谷部は長谷部の上略也。 2遠江の長谷部產玉郡に長谷神社あり。 3上總の長谷部當國長柄郡に谷部〓あリ。和名抄に波世倍と註す。 4下總の長谷部正倉院文書、大島〓戶籍に長谷部小宮賣など見えたり。……6越中の長谷部當國新川郡に長谷〓ありて、高山寺本和名抄に波世と註す。 1その他、諸國に多く、後世は多く長谷部信連に附會す。以下各項、及び、チヤウ、ナガ等の條を見よ。 8長谷部造物部氏の族にして、長谷部の伴通家也。姓氏錄、大和神別に「長谷部造。神饒速日命十一世の孫千速見命の後也」と載せたり。 9長谷部君武内宿禰裔波多氏の族也。これも長谷部の伴造家ならん。古事記、孝元段に「波多八代宿顧は、長谷部君云々の祖也」とある後にして、氏人は正倉院神護景雲四年文書等に見ゆ。……皇孫本紀に「五十狹城入彥命は、三河長谷部直の祖」と見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
長谷部に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「長」の字を含む名字
「谷」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が長谷部の前後にある名字です。
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