丸に目結

磯部

いそべIsobe

全国518位 ・ 約3.8万人

磯部は、太古以来の大族で、漁猟・航海を職業とした品部の名から起こった。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
いそべ
ローマ字
Isobe
全国順位
全国518位
推計人数
約3.8万人
全国比率
日本人のおよそ0.031%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

磯部をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Isobe読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「磯部」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第1巻 190コマに「家紋丸に三目結、五七桐に一文字」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 伊勢国(三重県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

磯部は、太古以来の大族で、漁猟・航海を職業とした品部の名から起こった。磯部はおそらく海部と東西で相対したようである。すなわち海部の漁民は安曇氏がこれを率いて本邦西部に多く、こちらはもっぱら東部で活動した。そしてその本拠は伊勢(三重県)で、伊勢に最も多いことから、また伊勢部とも呼ばれたものと考えられる。 『古事記』応神段に「この御世に海部・山部・山守部・伊勢部を定められた」と見えることから、海部・山部のような大品部と相対したことを想像するに足りる。そして伊勢国造がこれを管理したようである。また「石部」ともいう。磯部を石部と互いに記すことによって察するべきである。なお次の項を参照。 【1】度会神主流 ― 和銅四年三月紀に「伊勢国の人・磯部祖父、高志の二人に姓を渡相神主と賜う」と見えるのは、伊勢国造の子孫で、度会氏の祖である。このことを『豊受太神宮禰宜補任次第』には「大神主祖父、云々。庚子年籍に誤って石部姓を負う。そして和銅四年三月十六日の官符によって旧姓の神主に復した」と見える。これによって磯部と石部が通じることを知るべきである。 この文に「誤って庚子年籍に石部姓を負う」とあることから、この家が石部を称するのは一時的なことと思われるが、そうではない。伊勢国造家は磯部の管理者であるから、その一族に磯部氏があるのは当然である。おそらく庚子年籍が磯部と記したのはその点からと考えられる。しかしこの祖父の家は早くからすでに神主姓を称していたので、和銅四年に願って神主姓に復したのである。『補任次第』にはなお石部飛鳥という人も見える。これは継体朝ごろの人だという。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

磯部チリマ太古以來の大族にして、と漁獵航海を職業とせし品部名より起る。磯部は蓋し海部と東西相對せしが如し。卽ち海部漁民は安曇氏之を率ゐ、本邦西部に多く、此は專ら東部に活動せり、而して其の本據は伊勢にして、伊勢に最も多きが故に又伊勢部とも呼ばれしものと考へらる。古事記應神段に「此の御世に海部、山部、山守部、伊勢部を定め賜ふ也」と見ゆるよリ、海部山部の如き大品部と西敵せしを想像するに足らむ。而して伊勢國造これを管理せしが如し。又石部とも云ふ、政磯部を敢石部と亙記するによりて察すべき也。猶ほ次の項を見よ。 1度會神主流和銅四年三月紀に「伊勢國人磯部祖父、高志二人に姓を渡相神主と賜ふ、」と見ゆるは、伊勢國造の裔にして、渡會氏の祖なり。此事を豊受太神宮彌宜補任次第には「大神主祖父云々、庚子年籍に誤りて石部姓を負ふ。而して和銅四年三月十六日の官符によりて、舊姓神主に復す」と見ゆ。以つて磯部、石部の通づるを知るべし。此の文に「誤りて庚子年籍に石部姓を負ふ、」とあるが故に此家石部を稱するは、一時的の事と思はるれど燃らず、伊勢國造家は磯部の管理者なるが故に、其族に磯部氏のあるは當然なりとす。蓋し庚子年籍が磯部と記したるは其點よりと考へらる。然るに此の祖父の家は早く旣に神主姓を稱するが故に、和鋼四年願ひて神主姓に復したるなり。補任次第には猶ほ石部飛鳥と云ふ人も見ゆ、こは繼體朝頃の人なりと云ふ。

姓氏家系大辞典 第1巻 189コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

磯部と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

磯部に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が磯部の前後にある名字です。

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