長井
ながいNagai
全国519位 ・ 約3.8万人
長井(ながい)は、次の数項と通じて用いられる。
3件の公開家系図に 7人
基本情報
- 読み
- ながい
- ローマ字
- Nagai
- 全国順位
- 全国519位
- 推計人数
- 約3.8万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.031%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
長井をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Nagai読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 山城国(京都府)
- 出羽国(山形県・秋田県)
- 羽前国(山形県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
長井(ながい)は、次の数項と通じて用いられる。また『和名抄』は山城国(京都府)乙訓郡に長井郷を収める。後に長井荘が興った。三鈷寺の承久元年文書に乙訓郡長井荘が見える。次に出羽国(山形県・秋田県)置賜郡(羽前(山形県))に長井○があり、後世に長井庄が起こって、また長井郡の私称がある。次に但馬国(兵庫県)美含郡に長井○を収めて「奈加井」と注記する。後世に長井邑がある。次に庄の名としては相模(長井○)・武蔵(東京都・埼玉県)にもあり、また上野(群馬県)・岩代(福島県)・備後(広島県)・日向(宮崎県)などにこの地名がある。 【1】長井真人 ― 山城国乙訓郡の長井○から起こったか。延暦二十四年紀に「船木王に姓を長井真人と賜う」とあるところから起こる。 【2】長井忌寸 ― 縦氏の子孫で、延暦五年四月紀に「左京の人、正七位上・縦敬宗らに姓を長井忌寸と賜う」と見える。 【3】桓武平氏三浦氏族 ― 相模国(神奈川県)三浦郡の長井○(『能因歌枕』)から起こった。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
長井ナガヰ次の數條と通じ用ひらる。又和名抄、山城國乙訓郡に長井郷を收む、後に長井莊興る。三鈷寺承久元年文書に乙訓郡長井莊·見ゆ。次に出羽國置賜郡(羽前)に長井〓、後世長井庄起リ、又長井郡の私稱あり。次に但馬國美含郡に長井〓を收め、奈加井と註す。後世長井邑あり。次に庄名としては相摸(長井〓)、武藏にも存し、又上野、岩代、備後、日向等に此の地名あり。 1長井眞人山城國乙訓郡長井〓より起りしか。延曆廿四年紀に「船木王に姓を長井眞人と賜ふ」とあるより起る。 2長井忌寸縱氏の裔にして、延曆五年四月紀に「左京人正七位上縱敬宗等に、姓を長井忌寸と賜ふ」と見ゆ。 3槓武平氏三浦氏族相摸國三浦郡長井〓(能因歌枕)より起る。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ読みの名字
長井と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
長井に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「長」の字を含む名字
「長井」で始まる・長井を含む名字
長井の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が長井の前後にある名字です。
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