田部井
たべいTabei
全国1931位 ・ 約8,010人
田部井(ためがい)は、上野国佐位郡田部井邑から起こる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- たべい
- ローマ字
- Tabei
- 全国順位
- 全国1931位
- 推計人数
- 約8,010人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
田部井をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Tabei読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 上野国(群馬県)
- 石見国(島根県)
- 美作国(岡山県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
田部井(ためがい)は、上野国(群馬県)佐位郡田部井邑から起こる。岩松系図に「時兼―経氏(田部井四郎と称す)」とある。その曾孫泰寛は北条高時に属し、元弘三年の戦いで分陪河原に死んだ。……(中略)また泰経の弟に「頼氏(四郎二郎)、その弟に経頼(五郎)」などがある。(この前後、原文の行が崩れて読み取れない)後世、鯖江藩に田部井藤助、また石見(島根県)などに存する。 (このあと原文は見出し「為貝(ためがい)」の記事に移る) 為貝は、前項の氏と同じであろう。 (このあと原文は見出し「為佐(ためさ)」の記事に移る) (このあと原文は見出し「為貞(ためさだ)」の記事に移る) 為貞は、美作(岡山県)・備前地方の名族で、藤原姓という。その出自は尋ねるべきである(久米郡)。 (このあと原文は見出し「為田(ためだ)」の記事に移る) 為田は、伊勢(三重県)の名族で、太神宮司附属職掌人家系に「公文・為田(伊勢朝臣、もと多米田、初代家明)」と見える。志摩(三重県)にも存する。 (このあと原文は見出し「多米田(ためだ)」の記事に移る) 多米田は、前項の氏と同じである。 (このあと原文は見出し「為任(ためとう)」の記事に移る) 為任は、三河国(愛知県)宝飯郡に為任郷があり、康正二年造内裏段銭引付に「一貫文、朝倉左京助殿、三河宝飯郡、為任郷段銭」と見える。 (このあと原文は見出し「為藤(ためとう)」の記事に移る) 為藤は、藤原姓か。現今の名士に為藤五郎がある。 (このあと原文は見出し「為朝(ためとも)」の記事に移る) 為朝は、薩摩国(鹿児島県)に為朝城(野田上名村)があり、源為朝の居城であったという。 (このあと原文は見出し「為名(ためな)」の記事に移る) (このあと原文は見出し「為永(ためなが)」の記事に移る) 為永は、戯作者に為永(貞高)春水(佐々木氏)、為永太郎兵衛千蝶などがある。また春水門下に「為永」を冠する者が多い。 (このあと原文は見出し「為延(ためのぶ)」の記事に移る) 為延は、備前(岡山県)の名田名に存する。鯖江藩に田部井藤助、また石見などに存する。 (このあと原文は見出し「多米福(ためふく)」の記事に移る) 多米福は、石見に多米福庄がある。 (このあと原文は見出し「為房(ためふさ)」の記事に移る) 為房は、備前に存する。……(中略) (このあと原文は見出し「為平(ためひら)」の記事に移る) (このあと原文は見出し「多米部(ためべ)」の記事に移る) 多米部は、職業部の一つで、大炊の事に仕え奉った品部である。「ため」となる物を作ったことによる。「ため」の項に詳しい。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
田部井タメガヰ上野國佐位郡田部井邑より起る。岩松系圖に「時兼-經氏(田部井四郞と稱す)」と。其の曾孫泰寬は北條高時に屬し、元弘三年の戰に分陪河原に死す。……また泰經の第に「賴氏(四郞二郞)、其の弟に經賴(五郞)」等あり。其の弟タメタメタメータメカイ書後世、鯖江藩に田部井藤助、また石見等に存す。爲貝タメガヒ前條氏に同じかるべし。爲佐タメサ爲貞タメサダ美作備前地方の名族にして、藤原姓と云ふ。その出自尋ぬべし(久米郡)。爲田タメダ伊勢の名族にして、太神宮司附屬職掌人家系に「公文·爲田(伊勢朝臣.もと多米田、初代家明)」と見ゆ。志摩にも存す。多米田タメダ前條氏に同じ。爲任タメタフ三河國寶飯郡に爲任〓ありて、康正二年造内裏段錢引付に「一貫文、朝倉左京助殿、三河寶飯郡、爲任鄉段錢」と見ゆ。爲藤タメトウ藤原姓か。現今名士に爲藤五郞あり。爲朝タメトモ薩摩國に爲朝城(野田上名村)ありて、源爲朝の居城なりと云ふ。爲名タメナ爲永タメナガ僞作者に爲永(貞高)春水(佐々木氏)、爲永太郞兵衞千蝶等あり。又春水門に爲永を冠する者多し。爲延タメノブ備前の名田名に存す。鯖江藩に田部井藤助、また石見等に多米福タメフク石見に多米福庄あり。爲房タメフサ備前に存す。……爲平タメヒラ多米部タメベ職業部の一にして、大炊の事に仕へ奉りし品部也。タメツモノを作りしに因る。タメ條に詳か也。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
田部井に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「部」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が田部井の前後にある名字です。
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