佐野
さのSano
全国94位 ・ 約20万人
佐野(さの/さぬ/さや)は、遠江国に佐野郡がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- さの
- ローマ字
- Sano
- 全国順位
- 全国94位
- 推計人数
- 約20万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.16%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
佐野をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Sano読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「佐野」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
『姓氏家系大辞典』第3巻 194コマに「家紋梅三頭左巴、三雁金」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 遠江国(静岡県)
- 駿河国(静岡県)
- 常陸国(茨城県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
佐野(さの/さぬ/さや)は、遠江国(静岡県)に佐野郡がある。養老六年二月の記事には○江国佐益郡、『万葉集』に「天平勝宝七歳乙未二月、佐野郡」とあり、天平九年の駿河正税帳に佐益郡、『姓氏録』に佐夜、『延喜式』『和名抄』などに佐野とあって、今は「さの」という。この佐野郡はもと素賀国の地だという。 また『和名抄』の常陸国(茨城県)筑波郡に佐野○があり、後世は佐谷と書く(「サヤ」の項を参照)。また肥後国(熊本県)山本郡に佐野○があり、「さの」だろうという。和泉国(大阪府)日根郡に佐野荘、近江国(滋賀県)神崎郡に佐野荘があり、後者は垣見庄ともいう。そのほか上野(群馬県)・下野(栃木県)・但馬(兵庫県)・紀伊(和歌山県)に佐野庄があり、駿河(静岡県)・甲斐(山梨県)・伊豆(静岡県)・安房(千葉県)・美濃(岐阜県)・岩代(福島県)・羽後(秋田県)・加賀(石川県)・丹波(京都府・兵庫県)・淡路(兵庫県)・豊前(福岡県・大分県)などにもこの地名がある。この名字はこれらの地から起こったもので、系統が多い。 【1】佐野首 ― 『姓名録抄』『除目大成抄』『拾芥抄』などに見える。 【2】佐野臣 ― 遠江の佐野郡から起こったのだろうか。『大同類聚方』に「己等乃麻知薬。もとは大己貴の神方である。伊(佐)野臣らの伝えるところ」と見える。加賀・備前(岡山県)にもある。 【3】大和(奈良県)の佐野氏 ― 吉野郡広橋邑の豪族で、八旗・八庄司の一つであった。『吉野旧事記』に「遠州城飼の城主・佐野将監弘政の子孫である。今の佐野喜左衛門はその後胤である。佐野氏は官上部○の○士で、代々広橋邑に住む」と見える。 【4】和泉の佐野氏 ― 日根郡に佐野邑がある。『源平盛衰記』に「和泉国の住人・佐野法橋という者は、大江法眼には甥である」とあるのは、この地の人だろうか。 【5】菅原姓 ― 河内(大阪府)の豪族で、「誉田城主・佐野源左衛門綱重の子孫である」という。その子は肥後守綱正(重右衛門)である。家紋は梅、三頭左巴、三雁金。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
佐野サノサヌサヤ遠江國に佐野郡あり、養老六年二月紀に還江國佐益郡、萬葉集に「天平勝賣七歲乙未二月、佐野郡、」天平九年駿河正稅帳に佐益郡、姓氏錄に佐夜、延喜式、和名鈔等に佐野、今はサノと云ふ。此の佐野郡は、もと素賀國の地なりと。又和名抄、常陸國筑波郡に佐野〓あり、後世佐谷に作る、サヤ條を見よ。又肥後國山本郡に佐野〓あり、サノならんと。又和泉國日根郡に佐野莊、近江神崎郡に佐野莊、また垣見庄と云ふ。其の他、上野、下野、但馬、紀伊に佐野庄あり。又駿河、甲斐、伊豆、安房、美濃、岩代、羽後、加賀.丹波、淡路、豐前等に此の地名存す。此の氏は此等より起リしにて其の流多し。 1佐野首姓名錄抄、除目大成抄、拾芥抄等に見ゆ。 2佐野臣遠江の佐野郡より起りしか。大同類聚方に「己等乃麻知藥、元は大己貴の神方也。伊(佐)野臣等の所傳、」と見加賀備前に存す。병。 3大和の佐野氏吉野郡廣橋邑の豪族に"는、八旗·八庄司の一たりき。吉野舊事記に「遠州城飼の城主佐野將監弘政の裔なり。今の佐野喜左衞門は其の後胤也。佐野氏は官上部〓の〓士にして、代々廣橋邑に住す」と見ゆ。 4和泉の佐野氏日根郡に佐野邑あり。源平盛衰記に「和泉國の住人佐野法橋と云ふ者、大江法眼には甥也、」とあるは、此の地の人か。 5菅原姓河内の豪族にして、「譽田城主佐野源左衞門綱重の後なり」と云ふ。その子肥後守綱正(重右衞門)なり。家紋梅三頭左巴、三雁金。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
佐野と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
佐野に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「佐」の字を含む名字
「佐野」で始まる・佐野を含む名字
佐野の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が佐野の前後にある名字です。
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