中津川
なかつがわNakatsugawa
全国3662位 ・ 約3,390人
中津川(なかつがわ)は、大和・摂津・相模・武蔵・常陸・美濃・磐城・陸中・羽前・越後・紀伊などにこの地名が存する。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- なかつがわ
- ローマ字
- Nakatsugawa
- 全国順位
- 全国3662位
- 推計人数
- 約3,390人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
中津川をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Nakatsugawa読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 摂津国(大阪府・兵庫県)
- 相模国(神奈川県)
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
中津川(なかつがわ)は、大和(奈良県)・摂津(大阪府・兵庫県)・相模(神奈川県)・武蔵(東京都・埼玉県)・常陸(茨城県)・美濃(岐阜県)・磐城(福島県・宮城県)・陸中(岩手県・秋田県)・羽前(山形県)・越後(新潟県)・紀伊(和歌山県)などにこの地名が存する。 【1】赤松氏族 ― 播磨国(兵庫県)佐用郡中川郷(中津川)から起こる。……(中略)赤松の項を参照。 【2】紀伊の中津川氏 ― 那賀郡中津川邑から起こる。熊野八庄司の一つである。熊野・若江・安部・湯川・湯浅・深禰などの項を参照。 【3】田村氏族 ― 磐城国田村郡中津川邑から起こる。田村氏の一族であり、応永十一年の当地方の大名起請文に中津川三河守季○を挙げている。仙道表鑑に「田村○顕の弟・小次郎親隆は中津川の名跡を継ぐ」とある。 その後、田村大膳太夫○顕の公家中に中津川兵衛があり、中津川館(御館村中津川)に拠り、また中津川右衛門大夫などが見える。 【4】藤姓遠山氏族 ― 美濃国恵那郡中津川邑から起こる。 筆者はかつて次のように述べている。「中津川氏は美濃遠山氏の末裔である。けれど丹波亀岡町の遠山末一郎所蔵の遠山系図には源氏で土岐氏の支派となっているが、これは美濃から来たということから、直ちに同国の名族・土岐の裔としたものであろう。氏の名は美濃遠山庄内の中津川村から起こったものである。 中津川小次郎秀家は後に次郎左衛門と改めた人で、元弘三年ならびに建武二年の信濃三坂山・八幡原・黒田林の戦いに戦功があって以来、足利氏に属し、功労は少なくない。当時の古文書が今に存している。……(中略)花山天皇の朝に衛士となり、陸奥名虎の里に流された」と見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
中津川ナカツガハ大和、攝津、相摸、武藏、常陸、美濃、磐城、陸中、羽前、越後、紀伊等に此の地名存す。 1赤松氏族播磨國佐用郡中川〓(中津川)より起る。……赤松條參照。 2紀伊の中津川氏那賀郡中津川邑より起る。熊野八庄司の一也。熊野、若江、安部、湯川、湯淺、深禰等の條參照。 3田村氏族磐城國田、村郡中津川邑より起る。田村氏の一族にして、應永十一年の當地方大名起請文に中津川三河守季〓を擧ぐ。而して仙道表鑑に「田村〓顯の弟小次郞親隆は中津川の名跡をつぐ」と。その後、田村大膳太夫〓顯公家中に中津川兵衞あり、中津川館(御館村中津川)に據り、又中津川右衞門大夫等見ゆ。 4藤姓遠山氏族美濃國惠那郡中津川邑より起る。予輩甞つて「中津川氏は美濃遠山氏の末裔である。けれど丹波亀岡町遠山末一郎所藏の遠山系圖には源氏で、土岐氏の支派となつて居るが、これは、美濃から來たと云ふ事より、直ちに同國の名族土岐裔としたものであらう。氏の名は美濃遠山庄内の中津川村から起つたものである。中津川小次郞秀家は後に次郞左衞門と改めた人で、元弘三年、竝に建武二年、信濃三坂山、八幡原、黑田林の戰に戰功あつて以來、足利氏に屬して、功勞診くない。而して當時の古文書·今に存して居るのである。……花山天皇朝·衞士と爲り、陸奥名虎里に竄る」と見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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