藤

里村

さとむらSatomura

全国3307位 ・ 約3,890人

里村(さとむら)は、武蔵などにこの地名がある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
さとむら
ローマ字
Satomura
全国順位
全国3307位
推計人数
約3,890人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

里村をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Satomura読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「里村」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第3巻 187コマに「家紋礁、藤丸、陀螺」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 備後国(広島県)
  • 美作国(岡山県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

里村(さとむら)は、武蔵(東京都・埼玉県)などにこの地名がある。 【1】藤原姓 ― 家紋は礁、藤丸、陀螺。有名な里村紹巴は本姓松村氏で、南都の人である。その娘は仍景(昌叱)に嫁ぎ、景○を生んだ。子孫は幕府に仕えた。……(中略)永享・応仁のころ、紹巴には玄仍・玄中・元的などの子があった。また玄仍の子玄陳は、いずれも連獣道に名があった。 【3】備後(広島県)の里村氏 ― 御調郡西野村に里村一八の宅址がある。 【4】雑載 ― そのほか美作後藤家配下の将。立花家に里村八九郎があり、樋口系図に見える。新登田溝口藩用人に里村氏がある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

里村サトムラ武藏等に此の地名存す。 1藤原姓家紋礁、藤丸、陀螺。有名なる里村紹巴は本姓松村氏にして、南都の人なり。其の女、仍景(昌叱)に嫁し、景〓を生む。子孫幕府に仕ふ。……永享應仁頃に絕巴には、玄仍、玄中、元的等の子あり。又玄仍の子玄陳、皆連獸道に名あり。……3備後の里村氏御調郡西野村に里村一八の宅址あり。 4雜載その他、美作後藤家配下の將。立花家に里村八九郞、樋口系圖に見ゆ。新登田溝口藩用人に里村氏。

姓氏家系大辞典 第3巻 187コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

里村に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が里村の前後にある名字です。

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