中里

なかざとNakazato

全国567位 ・ 約3.5万人

中里(なかざと)は、武蔵・下総・常陸・上野・下野・陸中・陸奥・羽前などにこの地名がある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
なかざと
ローマ字
Nakazato
全国順位
全国567位
推計人数
約3.5万人
全国比率
日本人のおよそ0.028%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

中里をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Nakazato読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 下総国(千葉県・茨城県)
  • 陸中国(岩手県・秋田県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

中里(なかざと)は、武蔵(東京都・埼玉県)・下総(千葉県・茨城県)・常陸(茨城県)・上野(群馬県)・下野(栃木県)・陸中(岩手県・秋田県)・陸奥(東北地方)・羽前(山形県)などにこの地名がある。 【1】宇都宮氏族 ― 下野国河内郡の中里邑から起こった。氏家氏の一族で、氏家系図に「氏家公頼の二男・高信(中里筑後守。河内郡の中里○を領す。中里伊予守、ならびに宇都宮社務・中里神大夫、同じく屋祝部などの祖)」と見える。 宇都宮社は寛文年中より中里市正が神主を勤仕し、宇都宮縁起の連署に「中里市正、中里頭大夫、中里六郎大夫、中里屋祝」などを挙げ、また『国志』に「宇都宮大明神、幸田千五百石余。内、百石は神主・中里市正が配分し、そのほか八十石は社家の中里兵庫、四十石は同じく中里主水」などと見える。 【2】清和源氏新田氏族 ― 里見系図に「義実―実次(中里備中守。剃髪して正端と号す。成義・義通に従って戦功があり、老年に及んで太郎義豊に一味したことにより義堯と戦い、天文三年甲午四月六日に戦死した)」と見える。 【3】岩代(福島県)・磐城(福島県・宮城県)の中里氏 ― 行方郡横手の岩松氏の老臣であったが、正長元年に叛いた。また会津の天文十八年内番帳に中里氏を挙げる。 【4】武蔵の中里氏 ― 那珂郡の中里から起こったか。多摩・埼玉などにあり、享保のころ、中里伊兵衛は中里新田を開発した。 雑載 ― そのほか大森・葛山系図に中里小二郎参親が見える。「カツラヤマ」の項を参照。また八戸南部藩の重臣にあり、『参考諸家系図』に中里奥市右衛門などを挙げる。また土浦土屋藩の重臣に見え、また三階葉を家紋とするものもある。また信濃(長野県)・伊勢(三重県)・志摩(三重県)などにもある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

中里ナカサト武蔵、下總、常陸、上野、下野、陸中、陸奥、羽前等に此の地名存す。 1宇都宮氏族下野國河內郡中里邑より起る。氏家氏の族にして、氏家系圓に「氏家公頼の二男·高信(中里筑後守。河内郡中里〓を領す。中里伊豫守、井に字都宮社務中里神大夫、同屋祝部等の祖)」と見ゆ。字都宮社は、寬文年中より、中里市正·神主を勤仕し、字都宮緣起連署に「中里市正、中里頭大夫、中里六郞大夫、中里屋視」等を擧げ、又國志に「字都宮大明神、幸田千五百石餘、内百石·神主中里市正配分し、其の他、八十石·社家中里兵庫、四十石·同中里主水、など見ゆ。 2〓和源氏新田氏族里見系圖に「義實-實次(中里備中守、剃髪して正端と號す。成義、義通に從ひて戰功あり、老年に及び、太郞義豐一味に依り、義堯と戰ひ、天文三年甲午四月六日戰死す)」と見ゆ。 3岩磐の中里氏行方郡横手の岩松氏の老臣なりしが、正長元年に叛す。又會津天文十八年內番帳に中里氏を擧ぐ。 4武藏の中里氏那珂郡中里より起リしか。多摩、埼玉等に存し、享保の頃、中里伊兵衞は中里新田を開發す。雜載その他、大森葛山系圖に中里小二郞參親·見ゆ、カツラヤマ條參照。又八戶南部藩重臣に存し、參考諸家系圖に中里奥市右衞門等を擧ぐ。又土浦土屋藩重臣に見え、又三階葉を家紋とするあリ。又信濃、伊勢、志摩等にも存す。

姓氏家系大辞典 第4巻 396コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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中里と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

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