丸に桜

西野

にしのNishino

全国320位 ・ 約6.9万人

西野(にしの)は、摂津・三河・武蔵・信濃・羽後などにこの地名がある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
にしの
ローマ字
Nishino
全国順位
全国320位
推計人数
約6.9万人
全国比率
日本人のおよそ0.056%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

西野をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Nishino読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「西野」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第4巻 543コマに「家紋丸に櫻花」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 摂津国(大阪府・兵庫県)
  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 信濃国(長野県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

西野(にしの)は、摂津(大阪府・兵庫県)・三河(愛知県)・武蔵(東京都・埼玉県)・信濃(長野県)・羽後(秋田県)などにこの地名がある。 【1】山城(京都府)の西野氏 ― 下鴨社の社家の氏人、および○にこの氏が見える。 【2】紀臣 ― 伊賀(三重県)の名族で、徳川幕府に仕えた。『寛政系譜』に「兵助久中(嘉右衛門)―十蔵久主―嘉内久備」と載せる。家紋は丸に桜花。 【3】伊勢(三重県)の西野氏 ― 員弁郡の豪族で、西野左馬助は野尻堡に拠った(『三国地志』)。また伝えるところでは、永享中、北畠○具の臣・西野左馬が西野尻城に拠り、近郷の数村を管して西野殿と称した。三代続いたが、永禄十二年に織田氏に降り、天正十一年正月に秀吉のために滅ぼされたという。 【4】荒木田姓 ― 伊勢神宮(内宮)の社家に数家が見え、また志摩(三重県)にもある。 【5】近江(滋賀県)の西野氏 ― 近江の豪族で、『江北記』の近年御被官参入衆に「西野(六角殿)」とある。また『浅井三代記』の京極家家臣に西野丹波守実澄、同与八郎などが見える。 【6】駿河(静岡県)の西野氏 ― 久能山の社家にある。寺社記抄に「平禰宜 西野卯吉」が見える。 【7】武蔵の西野氏 ― 大里郡(幡羅郡)の西野邑から起こったか。「斎藤」「長井」「幡羅」などの項を参照。 【8】常陸(茨城県)の西野氏 ― 常陸の名社・薩都神社の社記に「大同元年八月十日、神主に西野氏を置く。今の大宮司の始祖である」とある。朱印領は五十石。また国安城主に西野民部大夫があったと伝え、また亀作の名族にこの氏があって、幕末・明治に西野信六義威を出した。 【9】陸奥(東北地方)の西野氏 ― 津軽の豪族で、西野内匠宗治は南部氏に属した。また郡代の津村氏に属したが、後に津村氏を追って威を振るい、南部高信に破られたともいう。「津村」の項を参照。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

西野ニシノ攝津、三河、武藏、信濃、羽後等に此の地名あり。 1山城の西野氏下鴨社々家氏人、及び刀顧に此の氏見ゆ。 2紀臣伊賀の名族にして、德川幕府に仕ふ。寛政系譜に「兵助久中(嘉右衞門)-十藏久主-嘉内久備」と載せたり。家紋丸に櫻花。 3伊勢の西野氏員辨郡の豪族にして、西野左馬助は野尻堡に據る(三國地志)。また傳ふ、永享中、北畠〓具の臣·四野左馬は西野尻城に據り、近郷敷村を管して西野殿と稱す。三世相承け、永祿十二年、織田氏に降り、天正十一年正月、秀吉の爲に亡ぼさると。 4荒木田姓伊勢神宮(內宮)社家に數家·見え、又志摩にも存す。 5近江の四野氏當國の憂族にして、江北記、近年御被官參入業に「四野(六角殿)」と。又淺井三代記、京極家家臣に西野丹波守實澄、同與八郞等見ゆ。 6駿河の四野氏久能山社家にあり、寺社記抄に「平福宜四野卯吉」見ゆ。 7武藏の西野氏大里郡(幡羅郡)西野邑より起るか。齋藏、長井、幡羅等の條參照8常陸の西野氏當國の名祠薩都神社々記に「大同元年丙戌八月十日、神主西野氏を置く、今の大宮司の始祖也」と。朱印領五十石。又國安城主に西野民部大夫ありと傳へ、又亀作の名族に此の氏ありて幕末明治に四野信六義威を出す。 9陸奥の四野氏津輕の豪族にして、西野內匠宗治は南部氏に屬す。又云ふ郡代津村氏に屬せしが、後津村氏を追ひ、時勢を振ひしも、南部高信に破らると。津村條參照。

姓氏家系大辞典 第4巻 543コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

西野と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

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「西野」で始まる・西野を含む名字

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同じくらいの多さの名字

全国順位が西野の前後にある名字です。

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