山岸
やまぎしYamagishi
全国325位 ・ 約6.7万人
山岸(やまぎし)は、陸中・越前・○後などにこの地名がある。
1件の公開家系図に 1人
基本情報
- 読み
- やまぎし
- ローマ字
- Yamagishi
- 全国順位
- 全国325位
- 推計人数
- 約6.7万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.055%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
山岸をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Yamagishi読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 陸中国(岩手県・秋田県)
- 越前国(福井県)
- 加賀国(石川県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
山岸(やまぎし)は、陸中(岩手県・秋田県)・越前(福井県)・○後などにこの地名がある。……(この部分は原文の行が崩れていて読み取れない) 【1】藤原南家工藤氏族 ― 狩野家次の子孫・家俊を祖とするという。 【2】加賀(石川県)の山岸氏 ― 前項の氏は加賀の発祥だという。…… 【3】越前の山岸氏 ― 坂井郡の山岸邑から起こった。第一項の氏と同じだろうか。『太平記』巻十九に山岸新左衛門がある。暦応のころ、畑六郎左衛門時能の招きによって、○地伊豆守・上木平九郎らとともに越前細呂木のあたりに砦を築き、津葉○文を攻めて津葉の堡を抜いたことが見える。 【4】小野姓 ― 越後国(新潟県)蒲原郡の山岸邑から起こったか。桔梗山城(泉村)は彌彦庄司の宅址で、庄司は山岸氏と号し、宮内という人があった。また三島郡(刈羽郡)石地駅宮浦の山岸家系図によれば、「春日姓で、中古の祖・小野行氏(後宇多院のころ、御島二田社宮浦の地頭)―嫡子氏定の十二代の子孫、初代山岸○守氏里から出る」と見える。その子は氏成である。 ……(中略)また魚沼郡野原城村の田崎○年中、上杉○顕がこの城に居らせたと見え、また長尾系の謙信御分城持大将衆に「山岸宮内少輔」、また景勝家中侍に山岸中務らを載せる。また山岸宮内があり、沼垂郡新発田城主であった。 【5】陸前(宮城県・岩手県) ― 名取郡富沢邑の主に山岸肥前宗成がある(『世次考』)。その子を修理勝定という。愛子邑の諏訪社の慶長三年の棟札に山岸修理助が見える。 ……【7】雑載 ― そのほか戦国のころ、美濃(岐阜県)の豪族に山岸満頼、また山岸勘解由左衛門尉貞秀があり、明智光秀の将である。伊賀上野の俳人に山岸重左衛門半残(藤堂家臣)、その子の半六東来などがある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
山岸ヤマギシ陸中、越前、盛後等に此の地名ありヤマキシ玄天八1藤原南家工藤氏族狩野家次の裔家俊を祖とすと云ふ。 2加賀前項氏は當國發祥と云ふ。……3越前の山岸氏坂井郡山岸邑より起る。第一項氏に同じきか。太平記卷十九に山岸新左衞門あり。曆應九年、畑六郞左衞門時能の招きによつて、數地伊豆守、上木平九郞等と、越前細呂木邊に保障を築きて、津葉〓文を攻めて津葉堡を拔く事見ゆ。 4小野姓越後國蒲原郡山岸邑より起るか。桔梗山城(泉村)は彌彥庄司の宅趾にして、庄司は山岸氏と號す、宮內と云ふ人あり。又三島郡(刈羽郡)石地驛宮浦山岸家系圖に據れば、春日姓にして、中古祖小野行氏(後字多院の頃、御島二田社宮浦地頭)-嫡氏定十二代の後胤、初代山岸植守氏里より出づ」と見ゆ。其の子氏成也。狩野家次の裔家俊ヤマキ伊豆、常陸等に此の地名存又魚沼郡野原城村田崎年中、上杉吉顯·其て當城に居らしむと見え、又長尾系謙信御分城持大將衆に「山岸宮内少」、また景勝家中侍に山岸中務等を載せ、又山岸宮内あり、沼垂郡新發田城主たりき。 5陸前名取郡富澤邑主に山岸肥前宗成あり(世次考)、その男を修理勝定と云ふ。愛子邑諏訪社慶長三年棟札に山岸修理助·見ゆ。……7雜載その他、戰國の頃、美濃の豪族に山岸滿賴、また山岸勘解由左衞門尉貞秀あり、光秀の將也。伊賀上野の俳人に山岸重左衞門半殘(藤堂家臣)、その場同半六東來等あり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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