瀬戸山

せとやまSetoyama

全国3027位 ・ 約4,370人

瀬戸山(せとやま)は、薩摩谷山郡の名族で、往古、熊野より権現を勧請した。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
せとやま
ローマ字
Setoyama
全国順位
全国3027位
推計人数
約4,370人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

瀬戸山をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Setoyama読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 薩摩国(鹿児島県)
  • 武蔵国(東京都・埼玉県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

瀬戸山(せとやま)は、薩摩谷山郡の名族で、往古、熊野より権現を勧請した。伊佐智佐六所権現がこれである。 (このあと原文は次の見出し「背奈(せな)」の記事に移る) 【1】背奈は武蔵(東京都・埼玉県)の古い大族である。背奈公は高麗族で、養老五年正月紀に「博士正七位上・肯奈公行文」という者が見える。この人は「懐風藻」に「音奈王行文」とある。後に王の姓を賜ったのであろう。 【2】背奈(無尸)― 前項と同族で、天平十九年六月紀に「正五位下・背奈福信、外……(この先は原文が崩れて読み取れない)……正七位下・背奈大山、従八位上・肯奈広山ら八人に、背奈王の姓を賜う」と見える。 【3】重生背奈公、および無尸背奈氏に王姓を賜ったものである。前二条を見よ。後に高麗朝臣の姓を賜った。すなわち天平勝宝二年正月紀に……(引用はここで途切れている)

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

瀨戶山セトヤマ薩摩谷山郡の名族にして、往古熊野より權現勸請す。伊佐智佐六所權現これ也。背奈セナ(4)武藏の古大族也|背奈公高麗族にし養老五年正月紀に「博士正七位上肯奈公行文」と云ふ者見ゆ此の人、懷風藻に「音奈王行文」とおリ。後に王姓を賜ひしならん。 2背奈(無尸)前項と同族にして、天平十九年六月紀に「正五位下背奈福信、外などを載せたセトセトセトイセナ三七七正七位下背奈大山、從八位上肯奈廣山等の八人に、背奈王の姓を賜ふ」と見ゆ。 3重生背奈公、及び無尸背奈氏の王姓を賜へるものなり。前二條を見よ。後に高麗朝臣姓を賜へリ。卽ち天平勝寶二年正月紀に……

姓氏家系大辞典 第3巻 445コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

瀬戸山に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

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全国順位が瀬戸山の前後にある名字です。

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