滝田

たきたTakita

全国1009位 ・ 約1.8万人

滝田(たきだ)は、安房・下野・陸中などにこの地名がある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
たきた
ローマ字
Takita
全国順位
全国1009位
推計人数
約1.8万人
全国比率
日本人のおよそ0.015%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

滝田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Takita読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 陸中国(岩手県・秋田県)
  • 下野国(栃木県)
  • 河内国(大阪府)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

滝田(たきだ)は、安房(千葉県)・下野(栃木県)・陸中(岩手県・秋田県)などにこの地名がある。 【1】那須氏族 ― 下野国那須郡滝田邑から起こる。「那須系図」に「那須太郎資高の子・実隆(一本に真隆)、滝田六郎」と見え、「伊王野系図」に「資隆-実隆(滝田六郎、子孫なし。芋淵三郎の子を養子とする)」とある。 【2】清和源氏 ― 源頼信の四男・頼任の六世の孫・行頼の子・行権が滝田左衛門と称した。「中興系図」に「滝田。清和、河内冠者頼任の九代、左衛門行権がこれを称する」とある。 【3】大友氏族 ― 前項の豊後田北氏と同じである。「安西軍策」に滝田民部、滝田刑部(大友方)などが見える。 【4】雑載 ― そのほか島津義弘の家臣に滝田和泉、また三春秋元藩の重臣、大関藩の用人、高崎松平藩の用人などに見え、また浪華の俳人に滝田大立がある。また伊勢(三重県)・志摩(三重県)・磐城(福島県・宮城県)・岩代(福島県)などに存する。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

瀧田タキダ安房、下野、陸中等に此の地名存す1那須氏族下野國那須郡瀧田邑より起る。那須系圖に「那須太郞資高の子實隆、一本に眞隆、瀧田六郞」、と見え、伊王野系圖に「資隆-實隆(瀧田六郞、子孫なし、芋淵三郞の子を養子)」とあり。 2〓和源氏源賴信の四男賴任六世行賴の孫·行信の子行權·瀧田左衞門と稱す。中興系圖に「瀧田。〓和、河内冠者賴任九代·左衞門行權·これを稱す」と。 3大友氏族前條豊後田北氏に同じ。安西軍策に瀧田民部、瀧田刑部(大友方)等見ゆ。 4雜載その他、島津義弘家臣に瀧田和泉、また三春秋本藩重臣、大關藩用人、高崎松平藩用人等に見え、又浪華の俳人瀧田大立あり。又伊勢、志摩、磐城、岩代等に存す。

姓氏家系大辞典 第3巻 551コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

滝田と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

滝田に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が滝田の前後にある名字です。

存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →