浦

うらUra

全国1008位 ・ 約1.8万人

浦(うら)は、「良○」も後世に「浦」と称し、また、そのほか「浦」の地名は諸国に多く、この氏はそれらの地名を負う。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
うら
ローマ字
Ura
全国順位
全国1008位
推計人数
約1.8万人
全国比率
日本人のおよそ0.015%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

浦をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Ura読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 安芸国(広島県)
  • 備前国(岡山県)
  • 筑前国(福岡県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

浦(うら)は、「良○」も後世に「浦」と称し、また、そのほか「浦」の地名は諸国に多く、この氏はそれらの地名を負う。 【1】桓武平氏土肥氏流 ― 安芸国(広島県)豊田郡浦郷から起こる。……(中略)「安西軍策」に「浦兵部亟宗勝の嫡子・少輔四郎(備前国(岡山県)常山)」とあり、浦兵部亟は諸書に多く見える。……(中略) 【4】筑前(福岡県)の浦氏 ― 志摩郡の名族で、○永年中に浦刑部大夫次永という人があった。桜井大宮司の先祖であるという(「管内志」)。桜井大宮司とは、桜井に与止日売明神があり、「続風土記」に「国主黒田忠之公がこの宮に参詣し、神殿を修造して浦某を社務に任じ、その子・毎成を京都に遣わして吉田派の唯一神道を学ばせ、国中神祇職の惣司に補した」とあるのに当たる。また「原田家記録」に浦久左衛門が見える。 【5】大村氏流 ― 肥前大村家の庶流にこの氏がある。 【6】清和源氏頼○流 ― 「徳川系図」に「頼○、信州(長野県)に配流され、信濃源氏の始めと号する。伊豆(静岡県)・村上・浦などの祖である」と見える。 【7】清和源氏浦野氏流 ― 紀伊国(和歌山県)牟婁郡の名族で、「続風土記」の同郡江田浦の項に「地士・浦儀才次は、駿河守忠重の五代の孫・浦野四郎重遠の子孫、小川又次郎義重の後である。義重は美濃国(岐阜県)から当国に来て江田浦に住んだという。入封の当初から地士に任じられ、大慧公の代からは大庄屋を勤めて代々相続した」と載せ、また地士・浦儀八啄がこれに事えた(この一文は原文が崩れて読み取れない)。 【8】そのほか「東鑑」巻二十五に浦太郎とあり、筑後(福岡県)の○○郡南部地方の名族にもこの氏がある。(この間、原文の柱(ページ見出し)が紛れ込み、読み取れない)……七組隊長の一人に浦氏がある。また石見(島根県)に現存する。また下総小金の本土寺過去帳に浦伊部……(引用はここで途切れている)

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

浦ウラ字良〓も後世浦と稱し、又其の外浦の地名諸國に多し、此の氏は其等の地名を負ふ。 1桓武平氏土肥氏流安藝國豊田郡浦郷より起る。……安西軍策に「浦兵部亟宗勝が嫡子少輔四郞(備前國常山)」あり、浦兵部亟は諸書に多く見ゆ。……4筑前の浦氏志摩郡の名族にして、塵永年中浦刑部大夫次永と云ふ人あり。櫻井大宮司の先祖なり(管內志)と。櫻井大宮司とは櫻井に與止比賣明神あり、續風土記に「國主黑田忠之公、此の富に參詣し、神殿を修作、浦某を社務に任じ、其の子每成を京都に遣り、吉田派の唯一神道を學ばしめて國中神祇職の惣司に補せらる」とあるに當る。又原田家記錄に浦久左衞門見ゆ。 5大村氏流肥前大村家の庶流に此の氏あり。 6〓和源氏賴〓流德川系圖に「頼〓信州に配流、信濃源氏の始と號す、伊豆、村上、浦云々等祖」と見ゆ。 7〓和源氏浦野氏流紀伊半婁郡の名族にして、續風土記同郡江田浦條に「地士浦儀才次、駿河守忠重五代の孫浦野四郞重遠の商小川又次郞義重の後なり。義重、美濃國より當國に來り、江田浦に住すといふ。封初以來地士に命ぜらる。大慧公の時より、大莊屋を勤め代々相續す、」と載せ、又地士浦儀八啄を事む、8其の他、東鑑卷廿五に浦太郞、筑後星巨摩郡南部地方の名族ウラ-ウラカタ野家七組隊長の一に浦氏あり。又石見に現存す。又下總小金本土寺過去帳に浦伊部……

姓氏家系大辞典 第1巻 380コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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