浦上
うらかみUrakami
全国1621位 ・ 約9,820人
浦上(うらかみ)は、「和名抄」播磨国揖保郡に浦上郷があり、宇良加美と注する。
1件の公開家系図に 5人
基本情報
- 読み
- うらかみ
- ローマ字
- Urakami
- 全国順位
- 全国1621位
- 推計人数
- 約9,820人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
浦上をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Urakami読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「浦上」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
『姓氏家系大辞典』第1巻 382コマに「家紋瓜の內に二引、八本骨檜扇」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 播磨国(兵庫県)
- 肥前国(佐賀県・長崎県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
浦上(うらかみ)は、「和名抄」播磨国(兵庫県)揖保郡に浦上郷があり、宇良加美と注する。そのほか肥前(佐賀県・長崎県)に浦上の地があり、これは後に述べる。 【1】浦上臣 ― 播磨国揖保郡浦上郷という地名を負う。夷姓で、延暦二十四年三月紀に「播磨国夷第二等・去返公島子に、姓を浦上臣と賜う」と見える。 【2】紀姓 ― 同じく播磨の浦上から起こる。その地は「東鑑」文治五年三月の条に「熊野御領播磨国浦上荘の事、云々、早く景時の地頭職を停止させるよう、直ちに荘家に仰せ下されるべきである」と見える。のち浦上氏の所領に帰した。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
浦上ウラカミ和名抄播磨圖楫保郡に浦上〓あり、宇良加美と註す。その他肥前に浦上の地あり、後に云ふべし。 1浦上臣播磨國楫保郡浦上郷てふ地名を負ふ。夷姓にして延曆廿四年三月紀に「播磨國夷第二等去返公島子、姓を浦上臣と賜ふ」と見ゆ。 2紀姓同上播磨の浦上より起る。〓地は東鑑文治五年三月條に「熊野御領播磨國浦上庄事云々、早く景時の地頭職を停止せしむべきの由、直に庄家に仰せ下さるべく候也」と見ゆ。後浦上氏の所領に歸す。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ漢字を使う名字
浦上に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「浦」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が浦上の前後にある名字です。
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