春田
はるたHaruta
全国1330位 ・ 約1.3万人
春田(はるた)は、駿河などにこの地名がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- はるた
- ローマ字
- Haruta
- 全国順位
- 全国1330位
- 推計人数
- 約1.3万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.010%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
春田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Haruta読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「春田」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
釘抜
釘を抜くときに当てる座金を象った、角形の図案。
茗荷
ミョウガの花穂を二つ、向かい合わせに抱かせた図案。
丸に引両
横に引いた太い線を二本並べた図案。
『姓氏家系大辞典』第5巻 193コマに「紋釘貫」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 駿河国(静岡県)
- 薩摩国(鹿児島県)
- 陸奥国(東北地方)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
春田(はるた)は、駿河(静岡県)などにこの地名がある。 【1】清和源氏足利氏族 ― 家記に「遽川(原文のまま、地名か不明)二郎義願の後裔で、外記之助約頼の時、春田をもって家号とした」という。また中興系図に「春田、源姓、紋は釘貫」と見える。…… 【2】薩摩(鹿児島県)の春田氏 ― 当国の名族で、桂神祇結忠防の配下に春田主人がある。カツラの項を参照。 【3】雑載 ― そのほか奥州(東北地方)相馬氏家臣に春田氏があり、亘理城を守る。また「芸藩通志」広島府故家に「堀川町の鎧師春田氏は、先祖春田藤七から今の喜三次まで六代、鎧師をもって屋敷と扶持を賜った」と見える。 また駿府の甲冑工に春田忠左衛門卓次があり、備前(岡山県)で没した。その男忠左衛門家次は因幡(鳥取県)に居り、後に早田氏を称した。また徳川時代、足利戸田藩重臣、鳥羽稲垣藩用人に見え、また和泉(大阪府)の儒者に春田横塘(尚平、字は右則)がある。また尾張国(愛知県)の国学者に春田播磨水年という人があり(この号名は原文のまま、読み方不明)、甲山・甲審などと号した。 また京極殿給帳に「三百石、極月二十八日に病死、春田源兵衛」を載せ、また春田玄蔵という者があり、九皐と号し、詩文に長じた。また武蔵(東京都・埼玉県)・美濃(岐阜県)・伊勢(三重県)・志摩(三重県)・山城(京都府)・摂津(大阪府・兵庫県)などにある。 (このあと原文は次の見出し「春遂(はるたか)」の記事に移る)「日用重宝記」にこの訓が見える。…… (さらに続けて原文は「春滝宿禰」の記事に移る)河内(大阪府)の古族で、下村主の一族である。承和三年閏三月紀に「河内国人美濃国少目下村主氏成、散位同姓三仲らが、姓を春滝宿禰と賜った。その先祖は後漢光武帝の後裔から出た者である」と見える。「日用重宝記」にこの訓が見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
春田ハルタ駿河等に此の地名あり。|〓和源氏足利氏族家記に「遽川二郎義願の後裔にして、外記之助約賴の時、春田を以つて家號とす」と云ふ。又中興系圖に「春田·源姓、紋釘貫」と見ゆ。……2薩摩の春田氏當國の名族にして、桂神祇結忠防の配下に春田主人あり、カツラ條參照。 3雜載その他、奥州相馬氏家臣に春田氏、曰理城を守る。又藝藩通志、廣島府故家に「掘川町鎧師春田氏·先祖春田藤七より、今の喜三次まで六代、鎧師を以つて、屋宅口糧を腸はる」と見ゆ。又駿府の甲冑工に春田忠左衞門卓次あり、備前に歿す。その男忠左衞門家次·因幡に居る、後に早田氏を稱す。又德川時代足利戶田藩重臣、鳥羽稲垣藩用人に見え、又和泉の儒者に春田橫塘(尙平走、字は右則)あり、又尾張國の國學者に春田播磨水年は甲山、甲審等と號す。又京極殿給帳に「三百石·極月廿八日に相果死、春田源兵衞」を載せ、又春田玄蔵蠶あり、九皐と號す、詩文に長ず。又武藏、美濃、伊勢、志摩、山城、攝津等にあり。春遂ハルタカ日用重賣記に此の訓見ゆ。……春瀧宿祠河内の古族にして、下村主の青也一承和三年閏三月紀に「河内國人美濃國少目下村主氏成、散位同姓三仲等、姓を春瀧宿禰と賜ふ。其の先は後漢光武帝の後より出づる者也」と見えたり。日用重賣記に此の訓見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
春田と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
春田に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「春」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が春田の前後にある名字です。
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