友松

ともまつTomomatsu

全国3427位 ・ 約3,720人

友松(ともまつ)は、 【1】尾張の友松氏 ― 会津正之の執政に友松勘十郎氏興(忠彦)があり、岩代耶麻郡猪苗代に忠彦霊社がある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
ともまつ
ローマ字
Tomomatsu
全国順位
全国3427位
推計人数
約3,720人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

友松をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Tomomatsu読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 尾張国(愛知県)
  • 岩代国(福島県)
  • 土佐国(高知県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

友松(ともまつ)は、 【1】尾張(愛知県)の友松氏 ― 会津正之の執政に友松勘十郎氏興(忠彦)があり、岩代耶麻郡猪苗代に忠彦霊社がある。「新編会津風土記」に「家老友松勘十郎氏興を祭る。氏興は、尾張国愛知郡日比津村の産で、友松蔵人某の後であり、祖父治右衛門盛保は太閤秀吉に仕え、父新右衛門氏盛は秀頼に仕えた。氏興は土佐国(高知県)土佐郡高知村に生まれ、幼名を内蔵といい、十三歳にして正之に仕え、後に家老となった」と見える。 【2】雑載 ― そのほか、秀康卿給帳に「三百石 友松将監」、また京極殿給帳に「百五十石 友松彦右衛門」、また「東作志」に「勝北郡々吏 友松伊右衛門」と見える。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

友松トモマツ1尾張の友松氏會津正之の執政に友松勘十郞氏興(忠彦)ありて、岩代耶麻郡猪苗代に忠彥靈社あり。新編會津風土記に「家老友松勘十郞氏興を祭れり。氏興は、尾張國愛知郡日比津村の產、友松藏人某が後にて、祖父治右衞門盛保·大闇秀吉に仕へ、父新右衞門氏盛·秀賴に仕ふ。氏興は土佐國土佐郡高知村に生れ、幼名を内藏と云ふ、十三歲にして、正之に仕後家老となる」と見えたり。 2雜載その他、秀康卿給帳に「三百石友松將監」、又京極殿給帳に「百五十石友松彥右衛門」、また東作志に「勝北郡々吏友松伊右衞門」見ゆ。

姓氏家系大辞典 第4巻 338コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

友松に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が友松の前後にある名字です。

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