友田
ともだTomoda
全国1389位 ・ 約1.2万人
友田(ともだ)は、大和・武蔵・安芸・豊後などにこの地名が存する。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- ともだ
- ローマ字
- Tomoda
- 全国順位
- 全国1389位
- 推計人数
- 約1.2万人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
友田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Tomoda読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 安芸国(広島県)
- 豊後国(大分県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
友田(ともだ)は、大和(奈良県)・武蔵(東京都・埼玉県)・安芸(広島県)・豊後(大分県)などにこの地名が存する。 【1】佐伯姓 ― 安芸国佐伯郡の友田邑から起こる。永正大永の頃、友田興藤があった。本姓は佐伯氏で、佐伯郡桜尾城主である(「刈藻通露」)。 後、友田村に居って友田と称した。……(中略) 「刈藻通露」に「永正十五年三月、華洛において、芸州桜尾城主佐伯掃部助興藤興行」とあれば、当時はまだ佐伯掃部助と称していたことは疑いない。しかし「房顕記」に「友田上野介、在京」とあるのは、後のことを前にさかのぼらせて言ったものであろう、と。 また「刈藻週露」に桜尾城主とあるが、「房顕記」に「友田、上野介興藤、大永三年(未年)閏四月十一日、武田光和、そのほか、国衆の協力によって桜尾へ入城して、神主になられた」とあるのは解しがたく、そこで熟考すると、 初めは桜尾の城主であったが、(大内)義興の神領を押して預り領するに及んで、桜尾に城番を置いたため、興藤は領内の友田村に移り、初めて友田を氏とし、後になってもこれを憤り、ついに大内に背き、武田光和らに援助を求めて、再び桜尾に入城したのであろう(「大内氏実録」「地名辞書」)と。 また永正五年、厳島神主四郎興親が将軍に随従して上洛したが、その年十二月に病死して神主の家が断絶したため、小方加賀守・友田上野介興藤らが共に神主職を競望するに及んだので、大内義興はこれを見て、「訟えるものは中から取れ」という諺があるとして、桜尾・己斐・石道本城に城番を置き、神領を預った。興藤は念願がかなわないことを憤り、武田に援助を求め、安芸は大いに乱れた。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
友田トモダ大和、武藏、安藝、豐後等に此の地名存す。 1佐伯姓安藝國佐伯郡の友田邑より起중永正大永の頃、友田興藤あり。本姓佐伯氏、佐伯西郡櫻尾城主なり(刈藻通露)。後友田村に居りて友田と稱し、上野子孫進藤條を日その武藏、安藝、豐後等介に任ず。刈藻週露に「永正十五年三月、華洛に於いて、藝州櫻尾城主佐伯播部助興藤興行」とあれば、當時は未だ佐伯掃部助といへること論なし。しかるに房顯記に「友田上野介·在京」とあるは、後を前にめぐらして云へるならんと。また刈藻週露に櫻尾城主とあるに、房顯記に「友田、上野介興藤、大永三未年閏四月十一日、武田光和、其の他、國衆の合力を以つて櫻尾へ入城して、神主になり給ふ」とあるは審かし、因りて熱考するに、始め櫻尾の城主なりしが、義興の神領を押して預り領するに及び、櫻尾に城番を置きしが故に、興藤·領内友田村に移り、始めて友田を氏とし、後に至るも之を憤り、遂に大內に背き、武田光和等に援を乞ひて、再び櫻尾に入城せしならん(大內氏實錄、地名辭書)と。又永正五年、嚴島神主四郞興親·將軍に隨從して上洛せしが、其の年十二月病死して、神主の家斷絕せしかば、小方加賀守、友田上野介興藤等、共に神主職を競望に及びければ、大内義興·之を見て、訟するものは中より取れとの諺ありとて、櫻尾、己斐、石道本城に城番を置き、神領を預る。興藤·念願のならざるを憤り、武田に援を乞ひ、安藝·大に亂る。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
友田と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
友田に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「友」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が友田の前後にある名字です。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
