中園

なかぞのNakazono

全国1391位 ・ 約1.2万人

中園(なかぞの)は、 【1】藤原北家洞院家流 ― 雲上家の称号で、「尊卑分脈」に「洞院公賢、中園入道相国と号し、その孫公定、後中園左大臣と号す」と載せている。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
なかぞの
ローマ字
Nakazono
全国順位
全国1391位
推計人数
約1.2万人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 武蔵国(東京都・埼玉県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

中園(なかぞの)は、 【1】藤原北家洞院家流 ― 雲上家の称号で、「尊卑分脈」に「洞院公賢、中園入道相国と号し、その孫公定、後中園左大臣と号す」と載せている。「洞院」の項を参照。 【2】藤原北家西園寺家流 ― 前項の称号を復興したものであろう。藪嗣長(権大納言)の末子季定(参議)を祖とする(「知譜拙記」)。……(中略)ただし家系から言えば、藤原南家、高倉贈左大臣範季の後である。「藪」の項を見よ。徳川時代、羽林家、新家、閑院流(藪流)。初め百三十石、後百五十石(明治、二百五十五石余)。寺町浄華院前、寺は鞍馬口浄善寺、外様。現今子爵。 (このあと原文は「永瀬」や武蔵(東京都・埼玉県)の「長曽根虎徹」の名、「なかせ・なかそね・なかその」の読みに触れたのち、神社の祭神名と郡名の関係を論じる、中園の由来とは関係のない文章に移っている。ここで訳を終える)

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

中園ナカゾノ1藤原北家洞院家流雲上家の稱號にして、尊卑分脈に「洞院公賢·中團入道相國と號し、其の孫公定·後中園左大臣と號す」と載せたり。洞院條參照。 2藤原北家西園寺家流前項稱號を復興せしならん。藪嗣長(權大納言)の末子季定(參議)を祖とす(知譜拙記)。……但し家系より云へば、藤原南家、高倉贈左大臣範季の後也。藪條を見よ。德川時代、羽林家、新家、閑院流(藪流)。初め百卅石、後百五十石、(明治、二百五十五石餘)。寺町淨華院前、寺は鞍馬口淨善寺、外樣。現今子爵。「永瀨公文·又武蔵に長曾根虎徹·名あり。高倉贈ナカセナカソネ-ナカソノ四人七ふ說で、一番廣く行はれて居る。けれど神社の祭神名の上下が略されて、郡名になつたと云ふ如きは牽强附會も甚だその一部がしい。殊に此の神社の所在は諏訪村である事が明白だが、諏訪村は名方〓の地に當つて居らぬ。勿論郡名の方がさきに出來、その郡名より郡の政治中心なる〓に名が移つて、郡名と同一の郷名が生ずる場合も有り得るかも知れぬが、神社祭神名が小地名とならないで、直ちに郡名となつたとは考へられぬから、此の場合には適用出來ぬ。

姓氏家系大辞典 第4巻 405コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

中園と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

中園に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →