梶村
かじむらKajimura
全国3434位 ・ 約3,710人
梶村(かじむら)は、 【1】土佐・美作の梶村氏 ― 代々土佐にあったが、戦国の際に戦い敗れて美作久米郡中須賀に来て、慶長年間に津山に移る。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- かじむら
- ローマ字
- Kajimura
- 全国順位
- 全国3434位
- 推計人数
- 約3,710人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 土佐国(高知県)
- 美作国(岡山県)
- 山城国(京都府)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
梶村(かじむら)は、 【1】土佐(高知県)・美作(岡山県)の梶村氏 ― 代々土佐にあったが、戦国の際に戦い敗れて美作久米郡中須賀に来て、慶長年間に津山に移る。松平侯の領となると、代々札元役となり、当主は平五郎氏であるという。 【2】そのほか、堀尾山城守給帳に「二百五十石 梶村彦兵衛」「二百五十石 梶村弥衛八」とある。また田中家臣知行割帳に「三百石 梶村六郎左衛門」を載せている。 (このあと原文は次の見出し「鍛冶本(かじもと)」の記事に移る)丹波(京都府・兵庫県)にあるという。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
梶村カヂムラ1土佐、美作の棍村氏世々土佐に在り戰國の際戰敗して、美作久米郡中須賀に來り、慶長年間津山に移る。松平侯の領となるや、累代札元役となる、當主平五郞氏なりと。 2其の他、堀尾山城守給帳に「二百五十石。梶村彥兵衞、二百五十石、梶村彌衞八」と。又田中家臣知行割帳に「三百石、梶村六郞左衞門」を載せたり。鍜治本カヂモト丹波にありと。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
愛知県の資料にも載っています
『角川日本姓氏歴史人物大辞典 23 愛知県』(角川書店、1991年) p.690
愛知県の姓氏を集めた辞典に「梶村」の項があります。本文はこのサイトには載せていません。お近くの図書館などでご覧ください。
同じ漢字を使う名字
梶村に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「梶」の字を含む名字
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