二村

ふたむらFutamura

全国1173位 ・ 約1.5万人

二村(ふたむら・にむら)は、「和名抄」の讃岐国鵜足郡に二村○(原文の地名表記が崩れている)を収め、布多无良と注する。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
ふたむら
ローマ字
Futamura
全国順位
全国1173位
推計人数
約1.5万人
全国比率
日本人のおよそ0.012%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

二村をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Futamura読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 讃岐国(香川県)
  • 尾張国(愛知県)
  • 摂津国(大阪府・兵庫県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

二村(ふたむら・にむら)は、「和名抄」の讃岐国(香川県)鵜足郡に二村○(原文の地名表記が崩れている)を収め、布多无良と注する。そのほか尾張(前項参照)・三河(愛知県)などにこの地名がある。 【1】尾張(愛知県)の二村氏 ― 愛知郡の名族である。 【2】三河の二村氏 ― 額田郡二村邑から起こったか。賀茂郡永太郎城(永太郎村)の城主は長田中将、次いで二村久兵衛尹重が居住した。尹重は鈴木○○守(原文が崩れている)の家人・二村太郎左衛門善在の弟だという。 【3】雑載 ― 大和吉野十津川の○鋪役由緒書(書名の一部が原文で崩れている)に「池穴村 二村喜右衛門」を載せ、また田中家臣知行割帳に「百石 二村平右衛門」と見え、また秀廉卿給帳に「三百石 京都買物方、二村庄次郎」とある。そのほか摂津(大阪府・兵庫県)・石見(島根県)・武蔵(東京都・埼玉県)などに存する。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

二村フタムラニムラ和名抄、讚岐國鴨足郡に二村〓を收めて、布多無良と註す。その他、尾張(前條參照)、三河等に此の地名あり。、尾張の二村氏愛知郡の名族也。 2三河の二村氏額田郡二村邑より起るか。賀茂郡永太郞城(永太郞村)城主長田中將、次に二村久兵衞尹重·居住。尹重は鈴木趣中守が家人二村太郞左衞門善在が弟也と云ふ。 3雜載大和吉野十津川〓鋪役由緒書に「池穴村二村喜右衞門」を載せ、又田中家臣知行割帳に「百石二村平右衞門」見告又秀廉卿給帳に「三百石京都買物方、二村庄次郎」と。その他、攝津、石見、武蔵等に存す。

姓氏家系大辞典 第5巻 331コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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