難波
なんばNamba
ほかの読み: なにわ
全国508位 ・ 約3.9万人
難波(なにわ/なんば)は、摂津の難波を本拠とする。
6件の公開家系図に 6人
基本情報
- 読み
- なんば ・ なにわ
- ローマ字
- Namba
- 全国順位
- 全国508位
- 推計人数
- 約3.9万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.032%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
難波をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Namba読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「難波」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
三つ星
星を三つ、三角に並べた図案。
『姓氏家系大辞典』第4巻 481コマに「家紋三星也と」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 摂津国(大阪府・兵庫県)
- 讃岐国(香川県)
- 伊予国(愛媛県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
難波(なにわ/なんば)は、摂津(大阪府・兵庫県)の難波を本拠とする。この地は神武天皇の御東征以来、天下の要害である。「ツ」「セツツ」などの項を参照。……(中略)『細川両家記』には上難波・下難波の村名が多く見える。そのほか『和名抄』の讃岐国(香川県)寒川郡に難破郷を収めて「上の字は本音に同じ」とし、次に伊予国(愛媛県)風早郡に難波○を載せる。 【1】太古の難波氏 ― 神話に比売許曽神がある。『古事記』に「難波の比売碁曽社にいらっしゃる阿加流比売という神である」と載せ、天之日矛はこの神を慕って来朝したが、「難波渡の神が塞いで入れなかった」と記す。また『書紀』には「都怒我阿羅斯等がこの女神を慕って来た」という。 その真相は詳らかでないが、古くから交通の要衝で、盛んに韓の地と交通した反映と見るべきか。この神は神名式に「東生郡 比売許曽神社(名神大、月次、相嘗、新嘗)」と見える大社に鎮座される。 【2】柏済の悪神 ― 『景行紀』二十七年十二月の条に「日本武尊がまた難波に至ったとき、柏済の悪神を殺した」と載せ、 また同二十八年春二月の条に「日本武尊が熊襲を平らげた様子を奏していうには、云々。ことごとくその国を平らげた。これによって西の洲はすでに治まり、百姓は無事である。ただ吉備の穴の済の神および難波の柏の済の神は、皆、害心があって毒気を放ち、(このあと原文の行が入り乱れ、「上難波・下難波の村名」「『ナナモリ』の項を参照」といった断片が紛れ込む)……路行く人を苦しめる。ともに禍害の巣である。ゆえにことごとくその悪神を殺し、あわせて水陸の道を開いた。天皇はここにおいて日本武尊の功をお褒めになった」とある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
難波ナニハナンバ攝津の難波を本據とす。この地は神武天皇御東征以來、天下の要害たり、ツ.セツツ等の條參照。……細川兩家記には、上難波、下難波の村名·多く見ゆ。その他、和名抄、讃岐國寒川郡に難破揶を收め「上·本音に同じ」と次に伊豫國風早郡に難波〓を載せたり。 1太古の難波氏神話に比賣許會神あり。古事記に「難波之比賣碁曾社に坐す阿加流比賣と謂す神也」と載せ、天之日矛は、此の神を慕ひて來朝せしが、「難波渡の神·塞ぎて入れず」と記し、又書紀には「都勢我阿羅斯等·此の女神を慕ひて來れり」と云ふ。その眞相は詳かならざるも、古くより交通の要衝にて、盛んに韓土と交通したる反映と見るべきか。あ神は神名式に「東生郡比賣許會神社(名神大、月次、相甞、新甞)」と見えたる大社に鎭座し給ふ。 2柏濟の惡神景行紀二十七年十二月條に「日本武尊、亦雖波に至る比に、柏濟之惡神を殺す」と載せ、また同二十八年春二月條に「日本武尊·熊襲を平げし狀を奏して曰す、云々。悉く其の國を平ぐ、是を以つて西洲既に體まりて、百姓無事なり。唯吉備の穴の濟神、及び難波の柏の濟の神、皆害心あり、毒氣を放ちて、上難波、下難波の村名·ナナモリ條を見よ。なほな路人を苦しむ。並に禍害の藪たり。故に悉く其の惡神を殺して、並に水陸の徑を開く。天皇·是に於いて、日本武尊の功を美め給ふ」と。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ読みの名字
難波と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
難波に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「難」の字を含む名字
「難波」で始まる・難波を含む名字
難波の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が難波の前後にある名字です。
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