米山

よねやまYoneyama

全国505位 ・ 約4.0万人

米山(よねやま/こめやま)は、(冒頭の一行は原文の組版が崩れ、前の項の文が混じっている)「……野長前に仕え、五百……」。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
よねやま
ローマ字
Yoneyama
全国順位
全国505位
推計人数
約4.0万人
全国比率
日本人のおよそ0.032%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

米山をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Yoneyama読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 信濃国(長野県)
  • 美作国(岡山県)
  • 石見国(島根県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

米山(よねやま/こめやま)は、(冒頭の一行は原文の組版が崩れ、前の項の文が混じっている)「……野長前に仕え、五百……」。 【1】桓武平氏 ― 伊勢平氏の一つで、○六世の裔・盛賢の子孫だという。 【2】佐々木氏族 ― 佐々木高綱の子・野木光綱、その孫の泰俊が富士山下の米山に住み、この氏を称したという。 【3】信濃伊那郡の名族 ― 南向村葛島に宅跡がある。天文・弘治のころ、米山倉之助がここに住んで知行十五貫文を領し、船山の片桐氏に属したが、天正十年、織田氏のために主家とともに没落した(『伊那細見記』)。 【4】雑載 ― そのほか美作(岡山県)の草苅系図に米山石見を載せ、また武蔵(東京都・埼玉県)・美濃(岐阜県)にもあり、なお多いだろう。 (続いて別の見出しの記事)「米山内(よねやまうち)」「余能(よの)― 『和名抄』が駿河国(静岡県)志太郡に余能○を収める。高山寺本には無い」「世能(よの)― 安芸(広島県)に世能庄・世能荒山村などが見える」。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

米山ヨネヤマコメヤマ野長前に仕へ、五百頓武平氏伊勢平氏の一にして、経路六世の裔盛賢の後也と。 2佐々木氏族佐々木高綱の子野木光網、孫泰俊.富士山下米山に住し、此つ氏を稱すと云ふ。 3信濃伊那郡の名族にして、南向村葛島に宅跡あり。天文弘治の頃、米山倉之助·之に住して、知行十五貫文を領し、船山の片桐氏に屬し、天正十年織田氏の爲に主家と共に沒落す(伊那細見記)。 4雜載その他、美作草苅系圖に米山石見を載せ、又武蔵、美濃、猶ほ多からん。米山內ヨネヤマウチ餘能ヨノ和名抄、駿河國志太郡に餘能〓を收む。高山寺本にはなし。世能ヨノ安藝に世能庄、世能荒山村等見ゆ。

姓氏家系大辞典 第6巻 440コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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