金田

かねだKaneda

全国311位 ・ 約7.1万人

金田(かねた/かなだ)は、河内(金田庄)・○・武蔵・上総(金田荘)・下総・近江(金田庄)・陸前・豊前・対馬などにこの地名があり、二通りの読みがある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
かねだ
ローマ字
Kaneda
全国順位
全国311位
推計人数
約7.1万人
全国比率
日本人のおよそ0.058%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

金田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Kaneda読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 河内国(大阪府)
  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 上総国(千葉県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

金田(かねた/かなだ)は、河内(金田庄)・○・武蔵(東京都・埼玉県)・上総(金田荘)・下総(千葉県・茨城県)・近江(金田庄)・陸前(宮城県・岩手県)・豊前(福岡県・大分県)・対馬(長崎県)などにこの地名があり、二通りの読みがある。 【1】桓武平氏千葉氏流 ― 上総国(千葉県)埴生郡(今の長生郡)の金田荘から起こった。……頼次は広常の弟で、『東鑑(吾妻鏡)』治承四年八月二十四日の条に「上総権介広常の弟・金田小大夫頼次が七十余騎を率いて義澄に加わる、云々」とある。 また『源平盛衰記』に「上総介広常の弟に金田大夫という者は、義明の婿であったので、七十余騎を引き連れて同じ城に籠もった、云々」と見える。相模国(神奈川県)三浦郡にも金田邑があり、このように頼次は三浦の婿なので、この地とも関係があるだろうかという(『新編鎌倉志』)。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

金田カネタカナダ河内(金田庄)、+11損、武藏、上總(金田莊)、下總、近江金田庄)、陸前、豐前、對馬等に此の地名ありて、兩樣の訓あり。 1桓武平氏千葉氏流上總國埴生郡今長生郡)金田莊より起る。……賴次は廣常の弟にして、東鑑、治承四年八月廿四日條に「上總權介廣常、弟金田小大夫頼次、七十餘騎を率ゐて義澄に加はる云々」と。又源平盛衰記に「上總分弘經が弟に金田大夫と云ふ者は、義明が聟なりければ、七十餘騎を引率して同城に籠りにけり、云々」と見ゆ。相摸國三浦郡にも金田邑あり、かく賴次は三浦の婿なれば此の地とも關係あらんか(新編鎌倉志)と云ふ。

姓氏家系大辞典 第2巻 236コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

金田と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

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「金田」で始まる・金田を含む名字

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全国順位が金田の前後にある名字です。

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