小野木

おのぎOnogi

全国3470位 ・ 約3,650人

小野木(おのき)は、次の数流がある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
おのぎ
ローマ字
Onogi
全国順位
全国3470位
推計人数
約3,650人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

小野木をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Onogi読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 丹波国(京都府・兵庫県)
  • 豊前国(福岡県・大分県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

小野木(おのき)は、次の数流がある。 【1】浅井氏流 ― 「武家系図」に「小野木、浅井新三郎忠政の男・新八郎秀国がこれを称す」と見える。 【2】丹波(京都府・兵庫県)の小野木氏 ― 氷上郡下村城(下竹田村下村)は小野木氏の古城という。小野木縫殿介は出野城主・片山彦五郎と戦って勝った。「豊鑑」巻三に小野木縫殿助と見え、また「粗井家記」に「四方の頭衆は、福知の城主小野木縫殿助吉澄」とある。 【3】また小野木重勝を祖とするという。 【4】豊前(福岡県・大分県)の小野木氏 ― 京都郡の豪族で、永享・応仁の頃、小野木義親があった。……(中略)小野喜(おのき)は前項の氏と同じか。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

小野木ヲノキ次の數流あり。 1淺井氏流武家系圖に「小野木、淺井新三郞忠政男新八郞秀國之を稱す」と見ゆ。 2丹波の小野木氏氷上郡下村城(下竹田村下村)は小野木氏の古城也と。小野木縫殿介は出野城主片山彥五郞と戰ひて勝つ。豐鑑卷三に小野木蠶殿助見え、又粗井家記に「四方の頭衆は、福知の城主小野木縫殿助吉澄」とあり。 3又小野木重勝を祖とすと云ふ。 4豐前の小野木氏京都郡の豪族にして、永享應仁の頃、小野木義親あり。……小野喜ヲノキ前條氏に同じきか。

姓氏家系大辞典 第1巻 515コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

小野木に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が小野木の前後にある名字です。

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