小杉
こすぎKosugi
全国689位 ・ 約2.8万人
小杉(こすぎ)は、伊賀・武蔵・越中などにこの地名がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- こすぎ
- ローマ字
- Kosugi
- 全国順位
- 全国689位
- 推計人数
- 約2.8万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.023%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
小杉をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kosugi読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 伊賀国(三重県)
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 越中国(富山県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
小杉(こすぎ)は、伊賀(三重県)・武蔵(東京都・埼玉県)・越中(富山県)などにこの地名がある。 【1】平姓川合一族 ― 伊賀国の小杉邑から起こった。惣紋は丸の内に梶の葉。 【2】藤原姓 ― 駿河府中の浅間社の社家にこの氏がある。先祖は藤原思安で、天正年間にこの社に仕えたという。『内外寺社記抄』に「惣社神前役 小杉隼人」を載せる。 【3】南九州の小杉氏 ― 囎唹郡恒吉○投谷八幡の天正十一年の棟札に「地頭 小杉治部少輔頼武」が見える。これより前、小杉筑前守頼武(このあたりに別の見出し「コスエ」「コスキ」が紛れ込む)は日向都城山田邑の地頭となり、山田城に居ったが、北原氏に敗れた。 【4】雑載 ― そのほか『関八州古戦録』の下野(栃木県)の士に小杉氏、徳川時代、古河土井藩の家老にこの氏がある。また加賀藩(石川県)給帳に「百七十石(丸内三柏)小杉源兵衛」、堀尾山城守給帳に「二百五十石 小杉一右衛門」と見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
小杉コスギ伊賀、武蔵、越中等に此の地名存す。 1平姓川合一族伊賀國小杉邑より起る惣故·丸の内に梶の葉。 2藤原姓駿河府中淺間社々家に此の氏あり、先視藤原思安、天正年間、當社に仕ふとぞ。內外寺社記抄に「惣社神前役小杉隼人」を載せたり。 3南九州の小杉氏囎唹郡恒吉娜投谷八幡天正十一年棟札に「地頭小杉治部少輔頼武」見ゆ。これより前小杉筑前守頼武コスエーコスキは日向都城山田邑の地頭となり、山田城に居りしが、北原氏に敗らる。 4離載·その他、關八州古戰錄、下野の士に小杉氏、德川時代、古河土井藩家老に此の氏あり。又加賀藩給帳に「百七十石(丸内三柏)小杉源兵衞、」堀尾山城守給帳に「二百五十石小杉一右衞門、」見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
小杉に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「小」の字を含む名字
「小杉」で始まる・小杉を含む名字
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同じくらいの多さの名字
全国順位が小杉の前後にある名字です。
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