九曜

小室

こむろKomuro

全国690位 ・ 約2.8万人

小室(こむろ/おむろ)は、播磨国に小室庄がある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
こむろ
ローマ字
Komuro
全国順位
全国690位
推計人数
約2.8万人
全国比率
日本人のおよそ0.023%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

小室をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Komuro読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「小室」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第3巻 72コマに「家紋は九曜」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 甲斐国(山梨県)
  • 信濃国(長野県)
  • 下総国(千葉県・茨城県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

小室(こむろ/おむろ)は、播磨国(兵庫県)に小室庄がある。そのほか甲斐(山梨県)・信濃(長野県)・下総(千葉県・茨城県)・近江(滋賀県)などにこの地名がある。 【1】滋野姓 ― 信濃国の豪族で、佐久郡の小室邑から起こった。後の小諸の地である。 早くから相当に栄えた氏で、『源平盛衰記』に「小室太郎忠兼、同じく小太郎真光」、また長門本『平家物語』に「小室太郎」、また『東鑑(吾妻鏡)』巻四・六・九・十に小諸太郎光兼、巻十に小諸太郎次郎、巻二十三に小諸左衛門尉、巻四十に小室太郎・小室次郎、巻五十五に小室太郎などを載せる。忠兼は光兼に同じ。 『千曲真砂』に「寿永年中、小室太郎光兼は木曾義仲に応じてこれを援けた。後に鎌倉へ出仕した。すなわち建久八年、将軍家が信州善光寺へ詣でた時、小室太郎の館に宿られた由が『扶桑見聞私記』に出る。おそらく滋野の一族である。応永以後、小室氏は衰えて大井氏が起こる、云々」とある。 またある記にいう「小諸光兼は信州の住人で、根々井大弥太滋野行親と一族である。このほかにも滋野姓であるべき証が多い」と。光兼の子は太郎実光、その子は左衛門尉師光である。小諸氏の家紋は九曜だという。 【2】源姓 ― 小室氏は一説に源姓とも伝えられる。前の項および「トヤマ」の項を参照。『日用重宝記』に見える。……(中略) 【3】甲斐の小室氏 ― この国の都留郡に小室神社があるが、この氏は信濃から移ったものだという。 【4】武蔵(東京都・埼玉県)の小室氏 ― 足立郡に小室村があり、埼玉郡に接続する。その地から起こったか。『新編風土記』埼玉郡の条に「小室氏(麦倉村)。先祖を六左衛門という。永徳のころ、村内の慈眼寺を草創したと言い伝えるので、古くからこの所に住んだ者だが、証とすべきものを伝えない。ただ武蔵坊弁慶が書いたものとして廻文一通を蔵する」とある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

小室コムロヲムロ攝磨國に小室庄あリ〓その他、甲斐、信濃、下總、近江等に此の地名存す。 1滋野姓信濃國の豪族にして、佐久郡小室邑より起る。後の小諸の地也。早くより相當榮えし氏にして、源平盛衰記に「小室太郞忠兼、同小太郞眞光、」また長門本平家物語に「小室太郎、」また東鑑卷四、六、九、十に小諸太郞光兼、卷十に小諸太郞次郞、卷世三に小諸左衞門尉、卷四十に小室太郞、小室次郞、卷五十五に小室太郞等を載せたり。忠兼は光兼に同じ千曲眞砂に「壽永年中、小室太郞光兼は木曾義仲に應じ、之を援く。後鎌倉へ出仕す。卽ち建久八年、將軍家·信州善光寺詣の時、小室太郞が館に宿リたまふの由、扶桑見聞私記に出づ。蓋し滋野の一族なり。應永以後、小室氏衰へ、大井氏起る云々」とまた或る記に曰ふ、「小諸光兼は信州の住人にして、根々井大彌太滋野行親と一族たり。此の外にも、澁野姓たるべき證多し」と。光兼の子は太郞實光、その子は左衞門尉師光也。小諸氏の家紋は九曜なりと。 2源姓小室氏は一に源姓とも傳へらる前條、及びトヤマ條を見日用重寶記に見ゆ。……3甲斐の小室氏當國都留郡に小室神社あれど、この氏は信濃より移りしなりと云ふ。 4武藏の小室氏足立郡に小室村あり、埼玉郡に接續す。その地より起るか。新編風土記、埼玉郡條に「小室氏(麥倉村)先祖を六左衞門と云ふ。永德の頃、村内慈眼寺を草創せしと云ひ傳ふれば、古くより當所に住せし者なれども證とすべきものを傳へず。只武藏坊辨慶の書きしものとて、廻文壹通を藏せり、」と。

姓氏家系大辞典 第3巻 72コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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小室と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

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