杉崎
すぎさきSugisaki
全国1134位 ・ 約1.6万人
杉崎(すぎさき)は、常陸・飛騨などにこの地名が存する。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- すぎさき
- ローマ字
- Sugisaki
- 全国順位
- 全国1134位
- 推計人数
- 約1.6万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.013%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
杉崎をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Sugisaki読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 丹波国(京都府・兵庫県)
- 志摩国(三重県)
- 備中国(岡山県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
杉崎(すぎさき)は、常陸(茨城県)・飛騨(岐阜県)などにこの地名が存する。 【1】丹波(京都府・兵庫県)の杉崎氏 ― 「広瀬家文書」に「一、丹波亡国のみぎり、ここに永禄二年の夏、(ここに原文の組版が乱れ、別の項の地名列挙の断片が入り込んでいる)三代・光源院殿義輝将軍、時に人皇百七代の帝・正親町院の御宇である。内藤備中守季有は、丹波桐野・河内(大阪府)・高山の城主である。当国に椙崎大和守という勇士があった。杉崎大和は内藤備中と一味同心して、ひそかに談合した。 八木の城主・内藤備前守宗勝は、近隣の一類を取り集め、要害を構えて在城していたが、これに至って城主宗勝は氷上郡の赤井悪右衛門と数代の間不和であったので、いよいよもって八木没落の一儀も相調うべしと談じた。 殊に赤井は大勇の者であったので、味方に引き入れて、今度の小川合戦にことよせて宗勝を討ち取ることは、掌に握るが如くであった。ひそかに人数を取り集め、軍勢はおよそ五百余騎に及んだ。 陣は五月六日に小川において取り合いとなった。内藤備中守・椙崎太郎左衛門の一党で、姓名の詳らかでない者どもは、このほか三百七十六人であった。内藤土佐・杉崎徳右衛門、両家の麾下に付いた者どもは深手を負い、桐野左京大夫は討死した。 八木からまず使者として井上但馬守頼貞が来た。一人の勇者ではあったが、大軍を引き受けて坂口へ向かい、粉骨を尽くして奮戦したものの、戦功のないところへ、悪右衛門が逆心を起こし、丹波中の帰服していた士がことごとく八木方の麾下について乱入した。 内藤備中守・椙崎大和は防ぎ戦ったけれども散々に討ち負け、これに至って、今後は御下知に従い、御味方として忠勤を守り、君臣の礼を重んじよう、と」とある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
杉崎スギサキ常陸、飛彈等に此の地名存す。 1丹波の杉崎氏廣瀨家文書に「一、丹波亡國の砌、爰に永祿貳年の夏、高氏公十志摩等にも存す。大和以下此の地名多かる三代光源院殿義輝將軍、時に人王百七代の帝正親町院の御宇也。內藤備中守季有は、丹為桐野河内高山の城主也一當國に椙崎大和守と云ふ勇士有り。杉崎大和、內藤備中と一味同心して、密に密談しける。八木の城主内藤備前守宗勝は、近隣の一類を取り集め、要害を構へて在城すと雖ども、是に至て、城主宗勝は氷上郡赤井惡右衞門と數代が問不和成れば、彌々以つて八木亡城の一儀も、相調すべしとぞ談じける。殊に赤井は大勇の物なれば、味方に取りて、今度小川合戰にことよせ、宗勝を討取ること掌に握るが如し。密に人數を取り集め、軍勢凡そ五百餘騎出づ。陣·五月六日に小川に於いて取合となる。内廉備中守、椙崎太郞左衞門の士類、姓名の和しざる者共、右の外三百七十六人也。內藤土佐、杉崎德右衞門、兩家の輪下に付たる物共、深手を負ひ、桐野左京太夫討死す。八木より先づ使に井上但馬守賴貞來る。一人勇者なれども、太軍の引請け向い坂口に及び、粉骨を抽じ、断戰すれども、軍こう無き所え、惡右衞門逆心ををこし、四丹波比丹の歸士井殘らず、八木方の輪下に付き、亂入して、內藤備中守、椙崎大和、防ぎ戰ふと云へども散々に討ちまけ、是に至りて、向後御下智にしたがい、御味方忠勤を守り、君信の禮を重んぜんと。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
杉崎に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「杉」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が杉崎の前後にある名字です。
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