喜田

きだKida

全国1771位 ・ 約8,870人

喜田(きだ)は、木田・喜多・北などと通じるべきものである。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
きだ
ローマ字
Kida
全国順位
全国1771位
推計人数
約8,870人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

喜田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Kida読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 和泉国(大阪府)
  • 阿波国(徳島県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

喜田(きだ)は、木田・喜多・北などと通じるべきものである。氏人は「船田後記」に喜田掃部助、「安西軍策」に喜田和泉守などと見える。喜田貞吉氏は阿波国(徳島県)の人で、勝浦郡生夷城主の大栗氏から出た。蜂須賀氏の入国後に滅ぼされて帰農したものと伝え、墓標や氏神の棟札などには大栗氏と記載する。 この氏神は同姓十戸ほどで維持しており、そのうちに宗家が二つあって、一つを東の大栗といい、一つを北の大栗と称する。喜田貞吉氏は後者にあたり、近頃、苗字を北と称し、さらに喜田(田を喜ぶの意)と改めたものだという。大栗氏は源姓であるが、中には藤姓としたものもある(大栗の項を参照)。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

喜田キダ木田、喜多、北等と通ずべし。氏人は船田後記に喜田掃部助、安西軍策に喜田和泉守等見ゆ。喜田貞吉氏は阿波〓の人にして、勝浦郡生夷城主大栗氏より出づ。條須賀氏入國後減ぼされて歸農せしものと傳へ、墓標、氏神の棟札等には大栗氏と記載す。此の氏神は同姓十戶ばかりにて維持せしにて、内宗家二ありて、一を東の大栗と云ひ、一を北の大栗と稱す。先生は後者にして、近時·苗字を北と稱し、更に喜田(田を喜ぶの意)と改めしものなりと。大熟氏は源姓なるも、中には、藤姓としたるものもあり(オホクリ條參照)。

姓氏家系大辞典 第2巻 368コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

喜田と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

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「喜田」で始まる・喜田を含む名字

喜田の字をそのまま含む、より長い名字です。

同じくらいの多さの名字

全国順位が喜田の前後にある名字です。

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