佐井

さいSai

全国5719位 ・ 約1,750人

佐井(さい)は、「和名抄」の上野国佐位郡に佐非郷があり、郡名も「さい」である。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
さい
ローマ字
Sai
全国順位
全国5719位
推計人数
約1,750人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

佐井をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Sai読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 上野国(群馬県)
  • 因幡国(鳥取県)
  • 豊後国(大分県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

佐井(さい)は、「和名抄」の上野国(群馬県)佐位郡に佐非郷があり、郡名も「さい」である。次いで因幡国(鳥取県)八上郡に佐井郷、豊後国(大分県)海部郡に佐井郷があり、後に大佐井・小佐井の二郷となったことが「図田帳」に見える。そのほか陸奥(東北地方)・加賀(石川県)などにもこの地名が存し、また佐為・佐位・左井などと通じる。 【1】佐井連 ― 物部氏の一族。「佐為」の項を見よ。 【2】佐井朝臣 ― 上毛野氏の一族。「佐位」の項を見よ。 【3】秀郷流藤原姓淵名氏流 ― 上野国佐位郡佐井郷から起こる。前項の氏と関係があろう。しかし系図には、林六郎行房の子・行家(佐井七郎)から起こるとある。「左井」の項を見よ。「中興系図」にも「佐井、藤原、本国下野、佐貫六郎行房の男、七郎行家これを称す」とある。また四党と称する。「西(さい)」の項を見よ。なお「高山」の項も参照。 【4】信濃(長野県)の佐井氏 ― 更級郡にある。「さい川」すなわち後世の犀川を氏名に負ったものか。(書名が原文で崩れている)巻十四に「佐井七郎」とあって官軍に属した。上野の佐井氏か。中国において戦う。 (このあと原文は次の見出し「属(さい)」「斎院(さいいん)」の記事に移る)属、斎院は、次の項の誤りであろう。斎院は、斎院司の官人であった者の後裔である。斎院は京都賀茂神に仕えられた内親王で、斎院司はその従属の官庁をいう。 【1】中原姓 ― 大友氏の祖・中原親能は、「源平盛衰記」「東鑑」巻三・四などに斎院次官親能と載り、ほかの書にも多く見える。これは官名を冠したもので、一説に「斎藤次官」に作るのは誤りであろう。……(中略) (このあと原文は隣の見出し「斎江(さいえ)」「斎尾(さいお)」を経て、次の見出し「西園寺(さいおんじ)」の記事に移る)藤原北家、閑院太政大臣公季の後で、公実の子・通季を祖とする。通季の曾孫・太政大臣公経は、山城国(京都府)葛野郡北由荘に堂宇を建立し、西園寺といった。子孫はこれによって家号とした。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

佐井サヰ和名抄、上野國佐位郡に佐非〓あり。郡名もサヰ也。次に因幡國八上郡に佐井〓、豐後國海部郡に佐井郷あり、後に大佐井、小佐井の二郷となる、圖田帳に見えたり。其の他、陸奥、加賀等にも此の地名存し、又佐爲、佐位、左井等と通ず。 1佐井連物部氏の族、佐爲條を見よ。 2佐井朝臣上毛野の族、佐位條を見よ。 3秀〓流藤原姓淵名氏流上野國佐位郡佐井郷より起る。前項氏と關係あらん。されど系圖には、林六郞行房の男·行家(佐〓七郞)より起るとぞ。左井條を見よ。中興系圖にも「佐井、藤原、本國下野、佐貫六郞行房男、七郞行家·稱之」とあリ。又四黨と稱す、西(サイ)條を見よ。猶ほ高山條參照。 4信濃の佐井氏更〓郡にあり。サヰ河、卽ち、後世の犀川を氏名に負ひしかと云卷十四に「佐井七郞、」ありて、官軍に屬す。上野の佐井氏か。中國に於いて戰ふ。屬サイ齊院サイヰン次條を誤りしならん。齋院サイキン齋院司の官人たりし者の裔也。齋院は京都賀茂神に仕へ給ひし內親王にて、齊院司は其の從屬の官衙を云ふ。 1中原姓大友氏の祖中原親能は、源平盛衰記、東鑑卷三、四等に齋院次官親能と載せ、他の書にも多く見ゆ。こは官名を冠せしにて、一に齋藤次官に作るは誤りなるべし。……齊江サイエ齊尾サイヲ西園寺サイヲンジ藤原北家開院太政大臣公季の後、公實の子通季を祖とす。通季の曾孫太政大臣公經、山城國葛野郡北由荘に堂字を建立し、西圖寺と云ふ。子孫よりて家號とす。

姓氏家系大辞典 第3巻 81コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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