谷田部
やたべYatabe
全国2166位 ・ 約6,860人
谷田部(やたべ)は、前に述べたとおり、大掾族の谷田部氏が最も名高い。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- やたべ
- ローマ字
- Yatabe
- 全国順位
- 全国2166位
- 推計人数
- 約6,860人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
谷田部をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Yatabe読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 若狭国(福井県)
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 下総国(千葉県・茨城県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
谷田部(やたべ)は、前に述べたとおり、大掾族の谷田部氏が最も名高い。そのほか若狭(福井県)・(この地名は原文が崩れて読み取れない)・武蔵(東京都・埼玉県)・下総(千葉県・茨城県)などに存する。 八田部(やたべ)は、矢田部の項に併せて述べた。 八部(やたべ)は、八田部の略で、矢田部の項を見よ。……(中略)矢田判官代義(この一字は原文が崩れている)の裔だという。 【2】平姓 ― 前項と同様、上州(群馬県)矢田堀より起こる。矢田部貞高の後だというから思えば、矢田部氏の後であることが知られる。家紋は丸に矢打違、丸に桔梗。「寛政系譜」に善右衛門貞元(宝永御家人)以来の系がある。また丸に八本矢車、丸に卍を家紋とするのは、権左衛門貞磨(元和幕臣)以来の系が存する。 ……(中略) 陽知(やち)は、「和名抄」越中国(富山県)砺波郡に○知郷(○は原文が崩れている)を収める。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
谷田部ヤタベ前ににり大掾族谷田部氏·最も名高しその他、若狹、誠前、武蔵、下總等に存す。八田部ヤタベ矢田部條に併せ云へり。八部ヤタベ八田部の中略也、矢田部條を見よ。……矢田判官代義〓の裔なりとぞ。 2平姓前項と同樣、上州矢田堀より起る。矢田部貞高の後也と云ふより思へば、矢田部氏の後なるを知るべし。家紋丸に矢打違、丸に桔梗。寬政系譜に善右衛門貞元(寶水御家人)以來系あり。又丸に八本矢車、丸に萬を家敦とするは、權左衛門貞磨(元和幕臣)以來系存す。……陽知ヤチ和名抄、越中國砥波郡に屬知〓を收む。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
谷田部と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
谷田部に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「谷」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が谷田部の前後にある名字です。
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