熊坂
くまさかKumasaka
全国2117位 ・ 約7,020人
熊坂(くまさか)は、和泉および加賀に熊坂庄があり、そのほか伊豆・○(一地名は原文が崩れている)などにもこの地名が存在する。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- くまさか
- ローマ字
- Kumasaka
- 全国順位
- 全国2117位
- 推計人数
- 約7,020人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
熊坂をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kumasaka読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 和泉国(大阪府)
- 加賀国(石川県)
- 伊豆国(静岡県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
熊坂(くまさか)は、和泉(大阪府)および加賀(石川県)に熊坂庄があり、そのほか伊豆(静岡県)・○(一地名は原文が崩れている)などにもこの地名が存在する。 【1】大江姓(また利仁流藤原姓)― 加賀国江沼郡熊坂庄から起こる、藤原氏の一族で、「尊卑分脈」に「疋田(大左衛門)以成の子・以永(中宮寺、熊坂太郎と号す)」とあり、「中興系図」には「熊坂、藤原、本国越前、後に加賀、疋田左衛門尉以盛の男、実は大江、以平・嶋太郎以来、これを称す」と載せている。疋田の項を見よ。 【2】越後(新潟県)の熊坂氏 ― 中頸城郡に熊坂庄(今の信濃国(長野県)水内郡)の地にある。有名な長範はこの地の人であるという。……(中略)これも前述の熊坂の人であろう。 【4】岩代(福島県)の熊坂氏 ― 伊達郡高子邑の豪農に熊坂氏があり、代々高子城跡に住む。熊坂台州、父は卯右衛門、摂陵と号す。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
熊坂クマサカ和泉、及び加賀に熊坂庄、その他、伊豆、感後等に此の地名存す。 1大江姓(また利仁流藤原姓加賀國江沼郡熊坂庄より起%吾藤氏の一族にして、尊卑分脈に「疋田(大左衞門)以成の子以永(中宮寺、熊坂太郞と號す)」とあれた、中興系圖には「熊坂、藤、本國越前、後加賀、疋田左衞門尉以盛の男、實は大江、以平·島太郞以來、稱之」と載せたり。疋田條を見よ。 2越後の熊坂氏中頸城郡に熊坂色今信濃水内郡)の地にあり。有名なる長範は此の地の人なりと云ふ。……これも前述熊坂の人なるべし。 4岩代の熊坂氏伊達郡高子邑の豪農に熊坂氏あり、世々高子城跡に住す。熊坂台州、父は卯右衞門、攝陵と號す。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
熊坂に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「熊」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が熊坂の前後にある名字です。
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