熊田

くまだKumada

全国908位 ・ 約2.0万人

熊田(くまた)は、『和名抄』の下野国那須郡に熊田郷があり、高山寺本には「能田」に作る。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
くまだ
ローマ字
Kumada
全国順位
全国908位
推計人数
約2.0万人
全国比率
日本人のおよそ0.017%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

熊田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Kumada読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 下野国(栃木県)
  • 加賀国(石川県)
  • 日向国(宮崎県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

熊田(くまた)は、『和名抄』の下野国(栃木県)那須郡に熊田郷があり、高山寺本には「能田」に作る。また加賀(石川県)に熊田神社、そのほか日向(宮崎県)などにこの地名がある。 【1】(天)熊田造 ― 前項の来熊田氏を、『天皇本紀』の仲哀天皇の条には「天熊田造の祖・大酒主の女、弟姫」と載せる。 【2】開化帝の子孫、丹波氏流 ― 『姓氏録』治田連の条に「大海真持の六世の孫の後、熊田宮平らが行事によって治田連の姓を賜わった」と見える。近江(滋賀県)の豪族か。 【3】下野の熊田氏 ― 那須の熊田郷から起こった。『那須記』に熊田源兵衛高貞などを載せる。 【4】白河の熊田氏 ― 磐城国(福島県・宮城県)白河郡の豪族で、『古事考』に「関和久村の伊賀館には熊田伊賀守が居る。結城の老臣で、忠氏と名乗った。子孫に若狭助兼氏がある。『関物語』には熊田与惣左衛門光行、後に若狭(福井県)と号す。佐竹勢の後切りの時、河東上総介・高田玄蕃・高橋安芸守らと鳥峠に忍び居て功を顕したという。この始終はまだ詳しくは聞かない」と見える。 【5】藤原南家伊東氏流 ― 岩代国(福島県)安積の伊東の一族で、川田邑に居た。「カハタ」の項を参照。伊東系図に「片平左衛門は川田城主・熊田河内守祐行の養子で、川田に移り住み、後に熊田河内守と称する」とある。応仁以後のことと思われる(『相生集』)。また田村家の家臣にこの氏があり、郡内に今も多い。そのほか岩瀬にもある。 【6】雑載 ― 徳川時代、松山板倉藩の重臣、須坂堀藩の重臣、岡中川藩の用人などにこの氏が見え、また美濃(岐阜県)・志摩(三重県)・伊勢(三重県)・加賀・越前(福井県)などにもある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

熊田クマタ和名抄、下野國那須郡に熊田郷あり、高山寺本には能田に作る。又加賀に熊田神社、その他、日向等に此の地名存す。 1(天)熊田造前條來熊田氏を、天皇本紀の仲哀天皇條には「天熊田造の祖大酒主の女弟姫」と栽せたり。 2開化帝裔丹波氏流姓氏錄、治田連條に「大海眞持、六世孫の後、熊田宮平等、行事に因りて、治田連姓を賜ふ也」と見ゆ。近江の豪族か。 3下野の熊田氏那須熊田癖より起る。郡須記に熊田源兵衞高貞等を栽せたり。 4白河の熊田氏磐城國白河郡の豪族にして、古事考に「關和久村の伊賀館には、熊田伊賀守居る。結城の老臣にして、忠氏と名乘り、子孫若狭助兼氏あり。関物語には、熊田與惣左衞門光行、後に若狭と號す。佐竹勢後切の時、河東上總介、高田玄蕃、高橋安藝守等と、鳥峠に忍び居て、功を顯すとなり。此の始終未だ詳なるを聞かず」と見ゆ。 5藤原南家伊東氏流岩代國安積伊東の族にして、川田邑に居れり、カハタ條參照ら伊東系圖に「片平左衞門は、川田城主熊田河内守祐行の養子にして川田に移り住み、後に熊田河內守と稱す」とあり。應仁以後の事と思はる(相生集)。又田村家々臣に此の氏ありて、郡内に今も多し。其の他、岩瀨にも存す。 6雜載德川時代、松山板倉藩重臣、須坂堀藩重臣、岡中川藩用人等に此の氏見え、又美濃、志摩、伊勢、加賀、越前等にも存す。

姓氏家系大辞典 第2巻 500コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

熊田と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

熊田に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が熊田の前後にある名字です。

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