津布久
つぶくTsubuku
全国8355位 ・ 約989人
津布久(つぶく)は、下野の名族で、秀郷流藤原姓佐野氏の一族である。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- つぶく
- ローマ字
- Tsubuku
- 全国順位
- 全国8355位
- 推計人数
- 約989人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
津布久をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Tsubuku読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 壱岐国(長崎県)
- 丹波国(京都府・兵庫県)
- 駿河国(静岡県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
津布久(つぶく)は、下野(栃木県)の名族で、秀郷流藤原姓佐野氏の一族である。 系図に「山越太郎為知(応永二十年六月二十五日、戦功により氏を津布久と賜る)―為長(津布久小二郎、左衛門尉)―為常(左衛門)―為俊(勘解由左衛門)―為貞(壱岐(長崎県))―為○(二郎、丹波(京都府・兵庫県))」とある。 続けて「―為通(右衛門、駿河(静岡県))―為房(弾正小弱、佐野宗綱の四天王の一人)―為道(加賀(石川県))―為正(二郎大夫)―為忠(勘解由左衛門)―為高(庄大夫)」とある。 「関八州古戦録」の佐野の家臣に津布久駿河守が見え、この氏の人である。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
津布久ツブク下野の名族に、して、秀〓流藤原姓佐野氏の族にして、系圖に「山越太郞〓知(應永廿年六月廿五日、戰功によりて、氏を津布久と賜ふ)-〓長(津布久小二郞、左衞門尉)-〓常(左衞門)-爲俊(勘解由左衞門)-爲貞(壹岐)-爲〓(二郞、丹波)-爲通(右衞門駿河)-爲房(彈正小弱、佐野宗綱が四天王の一人なり)-爲道加賀)-爲正(二郞大夫)-爲忠(勘解由左衞門)-爲高(莊大夫)」とあり。關八州古戰錄、佐野の家臣に津布久駿河守·見ゆ、此の氏人也。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
津布久に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「津」の字を含む名字
「布」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が津布久の前後にある名字です。
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