有井
ありいArii
全国3051位 ・ 約4,320人
有井(あるい)は、土佐・石見・紀伊などに有井邑があり、それらから起こる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- ありい
- ローマ字
- Arii
- 全国順位
- 全国3051位
- 推計人数
- 約4,320人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
有井をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Arii読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 土佐国(高知県)
- 石見国(島根県)
- 紀伊国(和歌山県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
有井(あるい)は、土佐(高知県)・石見(島根県)・紀伊(和歌山県)などに有井邑があり、それらから起こる。 【1】土佐の有井氏 ― 土佐国安芸郡に有井荘があり、その名は「南路志」が引く古井村池大明神の応永十八年の鰐口銘に見える。また幡多郡にも有井荘がある(白田川村大字有井川)。山田○戸内村所蔵の応永十三年の鰐口銘に「有井庄八幡宮」と記す。 後、○○天皇の第一皇子・尊良親王がこの地に配流された(原文の天皇名は崩れて読み取れない)。「太平記」巻四に「土佐の畑へ赴かせ給えば、有井三郎左衛門尉が館の傍らに一室を構えて置き奉る」と見える。「太平記」巻十八にも有井庄司の名が見え、信濃(長野県)にもこの氏があるという。 親王はその後この地を逃れ、肥前国(佐賀県・長崎県)彼杵に兵を挙げられた。有井氏もこの義軍に加わったのだろうか。その後、佐伯小三郎経員の暦応三年正月二十八日の軍忠状に有井文三郎の名が見え、官軍として花円宮(満良親王)の配下であった。 「南路志」に、伊尾木の古名は有井であるとし、佐伯杏仙・暦応三年の文書に「有井又三郎」とあるのは当村の城主であろうという。有井豊高は現在有井川に祀られ、有井神社という。 この氏は、有井天満宮の文明十四年の棟札に「大檀那橘鍋若丸」とあるので、本姓は橘氏か。有井氏は天正年間、長宗我部氏に討たれて降った。「香宗我部記録」に「安田、北川、宝津、有井うんぬん、この分は一組にて降る、元親へ」とある。 【2】紀伊の有井氏 ― 那珂郡に有井氏があり、忌部氏の末○(この一字は原文が崩れている)という。「在井」の項を見よ。……(中略)その子・保実 ― 式部大輔正胤 ― 宗十郎政盛。天正十七年、二つ山城主・出羽元実が出雲(島根県)へ移封されたのに伴って帰農し、永禄二年に没した。その子は正良、その子は正重という。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
有井アリヰ土佐、石見、紀伊等に有井邑あり。それ等より起る。 1土佐の有井氏土佐國安藝郡に有井庄ありて、其の名は南路志引く古井村池大明神應永十八年の鰐口銘に見ゆ。又幡多郡にも有井庄あり(白田川村大字有井川)山田〓戶內村所藏應永十三年の鰐口銘に有井庄八幡宮と記す。後配酬天皇の一宮尊良親王此の地に配遷せられ給ふ。太平記卷四に「土佐ノ畑ヘ赴カセ給ヘバ有井三郞左衞門尉ガ館ノ傍ニ一室ヲ構ヘテ置奉ル」と見ゆ。同書卷十八に有井庄司あ信濃にもリ。親王その後此の地を逃れ、肥前國彼杵に兵を擧げ給ふ、有井氏も義軍に加はりしか。其の後佐伯小三郞經員の曆應三年正月廿八日の軍忠狀に、有井文三郞見ゆ、官軍にて花圓宮(滿良親王)の配下たリ。南路志に伊尾木の古名は有井なり、佐伯杏仙曆廳三年の文書に有井又三郞とあるは當村の城主なるべしと、有井豊高は現今有井川に祀り、有井神社と云ふ。此の氏有井天滿宮文明十四年の棟札に大檀那橘鍋若丸とあれば、本姓橋氏か。有井氏は天正年間長曾我部氏に討たれて降る、香宗我部記錄に「安田、北川、寳津、有井云々、此分一組にて降る、元親へ」とあり。 2紀伊の有井氏那珂郡に有井氏あり、忌部氏の末奇と云ふ。在井條を見よ。……其の子保實-式部大輔正胤-宗十郞政盛·天正十七年二ツ山城主出羽元實出雲移封に付歸農、永祿二年卒す、その子正良、其の子正重と見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
有井と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
有井に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「有」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が有井の前後にある名字です。
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