倉谷
くらたにKuratani
全国3058位 ・ 約4,310人
倉谷(くらたに)は、加賀国加賀郡に倉谷邑がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- くらたに
- ローマ字
- Kuratani
- 全国順位
- 全国3058位
- 推計人数
- 約4,310人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
倉谷をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kuratani読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 加賀国(石川県)
- 紀伊国(和歌山県)
- 志摩国(三重県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
倉谷(くらたに)は、加賀国(石川県)加賀郡に倉谷邑がある。また前項を参照。 【1】紀伊(和歌山県)の倉谷氏 ―「続風土記」牟婁郡の項に「旧家、倉谷善兵衛。家系は詳しくない。有馬荘井土村の大馬権現社にある永禄の棟札に『神之山蔵屋敷』というのがあり、すなわちこの家である。その家伝によれば、当村を開発した家で、観音滝の観音堂はこの家が管理する。旧は地士で、大庄屋役を務めた」などとある。 【2】そのほか、伊勢内宮の社家に倉谷氏(荒木田姓)、また志摩(三重県)・備前(岡山県)・備中(岡山県)などにもこの氏がある。……(中略)また時秀の弟に氏満(第三左衛門尉)、信秀(法名浄慶)などが見える。「応仁武鑑」に「佐々木鞍智紀伊守高持、備前国津高郡健部、京都より四十八里」と載せる。この氏はまた倉知・倉智などと通じる。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
倉谷クラタニ加賀國加賀郡に倉谷邑あリ。又前條參照。 1.紀伊の倉谷氏續風土記、牟婁郡條に「舊家倉谷善兵衞。家系詳ならず。有馬莊井土村大馬權現社永祿の棟札に神之山藏屋敷といふあり、卽ち此の家なり。其の家傳へいふ、當村開發の家にして、觀音瀧の觀音堂は、此の家より支配す。舊は地士、大莊屋役を動めたり」など見ゆ。 2其の他、伊勢內宮社家に倉谷氏(荒木田姓)、また志摩、備前、備中等にも此の氏あり。……又時秀の弟に氏滿(第三左衞門尉)、信秀(法名淨慶)等見ゆ。應仁武鑑に「佐々木鞍智紀伊守高持、備前國津高郡健部、京都より四十八里」と載せたり。此の氏、また倉知、倉智等と通ず。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
倉谷と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
倉谷に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「倉」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が倉谷の前後にある名字です。
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