桜

小出

こいでKoide

全国456位 ・ 約4.5万人

小出(こいで)は、信濃・岩代・羽前・羽後・越後などにこの地名がある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
こいで
ローマ字
Koide
全国順位
全国456位
推計人数
約4.5万人
全国比率
日本人のおよそ0.036%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

小出をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Koide読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「小出」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第2巻 559コマに「家紋額に二八文字、一重櫻、八重梅鉢、十六葉の菊」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 信濃国(長野県)
  • 岩代国(福島県)
  • 羽前国(山形県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

小出(こいで)は、信濃(長野県)・岩代(福島県)・羽前(山形県)・羽後(秋田県)・越後(新潟県)などにこの地名がある。 【1】諏訪神家 ― 信濃国伊那郡の小井氏邑から起こったのだろうか。諏訪神家の一族で、諏訪上社五官の一つ、擬祝の家である。後に伊藤氏に移る。また五官禰宜大夫も最初は小出氏、後に守屋氏だという。 【2】藤原南家二階堂流 ― 信濃国伊那郡の小○氏邑から起こったといい、前項の氏と関係があるだろう。家伝には「二階堂行政の九世・時氏がこの地に住み、この氏を起こした」とある。内藤氏がいうには「『武鑑』に遠江権守為憲の後裔とあるから、南家の藤原で遠藤の一族である。また小出は信州の地名で、元は小井氏であったとか」。また『中興系図』には「小出。藤原姓、本国は信州高井郡。紋は亀甲の内に小字、丸の内に桜花。工藤四郎家光の五代、弥次郎師能がこれを称した」と載せる。もと村上氏に仕えた。……(中略)大隅(鹿児島県)は後に埴科郡の東寺尾城(東寺尾村)へ移った。 【3】甲州(山梨県)三枝姓 ― 三枝万吉守里(初めは有利、守秀)が外家の称を冒して小出氏を称した。その子は伝三郎守明(弥三郎)―守安である。家紋は丸に二八の文字、丸に桜花。『寛政系譜』に見える。 【4】尾張(愛知県)の小出氏 ― 第二項の小出氏、すなわち藤原南家、小井氏時氏の玄孫・小出祐重が愛知郡中村に移住した。……(中略)異本には「累代の先祖は尾張国愛知郡中村の住人であった。秀政は豊臣太閤と同じ所に生まれ育ち、ことに親しく語り合っていたので、秀吉がしだいに身を起こされるに従って、秀政も同じく身を起こし、播磨守・従五位下にされ、和泉国(大阪府)岸和田の城を領した。三万石」とある。秀政の「秀」は太閤の諱の字を賜わったものである。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

小出コイデ信濃、岩代、羽前、羽後、越後等に此の地名存す。 1諏訪神家信濃國伊奈郡小井氏邑より起りしか。諏訪神家の族にして、諏訪上社五官の一、擬祝の家なり。後伊藤氏に移る。又五官禰宜大夫も最初小出氏、後守屋氏なりと云ふ。 2藤原南家二階堂流信濃國伊奈郡小〓氏邑より起ると、前項氏と關係あらん。家傳には「二階堂行政九世時氏·この地に住み、此の氏を起す」と。內藤氏云ふ「武鑑に遠江權守爲憲後裔とあれば、南家の藤原にて、遠藤の族也。又小出は信州の地名にて、元は小井氏なりとか」。又中興系圖には「小出、藤、本國信州高井郡、救龜甲內小字、丸內櫻花、工藤四郞家光五代、彌次郞師能·これを稱す」と載せたり。もと村上氏に仕ふ。……大隅·後に埴科郡東寺尾城(東寺尾村)に移る。 3甲州三枝姓三枝萬吉守里(初め有利、守秀)外家の稱を冒して、小出氏を稱す。其の子傳三郞守明(彌三郞)-守安也。家救丸に二八の文字、丸に櫻花。寛政系譜に見ゆ。 4尾張の小出氏第二項小出氏、卽ち藤原南家、小井氏時氏の玄孫小出祐重、愛智郡中村に移住す。……異本には「累代の先祖尾張國愛智郡中村の住人たり。秀政は豐臣太閤と同じ處に生れ育ち、珠に親しく相語ひければ、秀吉次第に身を起させ給ふに從ひて、秀政も同じく身を起して、播磨守、從五位下に成され、和泉國岸和田の城を領す、三萬石」とあり。秀政の秀は太閤の諱字を賜ひしなり。

姓氏家系大辞典 第2巻 558コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

小出と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

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同じくらいの多さの名字

全国順位が小出の前後にある名字です。

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