出水

いずみIzumi

全国2464位 ・ 約5,760人

出水(いずみ)は、「和名抄」に薩摩国に出水郡があって伊豆美と注する。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
いずみ
ローマ字
Izumi
全国順位
全国2464位
推計人数
約5,760人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

出水をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Izumi読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 薩摩国(鹿児島県)
  • 伊豆国(静岡県)
  • 越前国(福井県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

出水(いずみ)は、「和名抄」に薩摩国(鹿児島県)に出水郡があって伊豆美と注する。また越前国(福井県)大野郡に出水○、山城国(京都府)相楽郡に水泉郷があり、以豆美と注し、「続日本紀」には出水郷に作る。中世以後は出水庄と称した。この氏も和泉(大阪府)・泉と通じて用いることがある。……(中略)宝亀七年五月紀に「正六位上後部石島ら六人、姓を出水連と賜う」と見える。「姓氏録」の左京諸蕃に収め、「高麗国人後部能致元の後である」と注する。 【2】薩摩の出水氏 ― 和泉氏と通じて用いる。出水郡から起こったものである。「麑藩名勝考」に、出水下野守忠氏、その子右衛門兵衛尉忠直は島津家の中にあって独り群を離れ、南朝の令旨を奉じて忠勇の名があった。後に豊後(大分県)に赴き、ついに陣没した。忠直の子氏儀、その子久親は、なお○後にあって官軍であった。島津氏久が久親を招き、日州深川院を与えたが、その二子は戦没して祀りが絶えた、とある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

出水イツミ和名抄薩摩國に出水郡ありて伊豆美と註す、又越前國大野郡に出水獨.山城國相樂郡に水泉郷、以豆美と註し、續日本紀出水郷に作る、中世以後出水庄と稱す。此の氏も和泉、泉と通じ用ふる事あリ。……寶龜七年五月紀に「正六位上後部石島等六人、姓を出水連と賜ふ、」と見ゆ。姓氏錄、左京諸善に收め、「高麗國人後部能致元の後也」と註す。 2薩摩の出水氏和泉氏と通じ用ふ、出水郡より起りしなり。麑藩名勝考に西水下野守忠氏、其の子右衞門兵衛尉忠直は嶋津家の中に在りて獨り群を離れ、南朝の令旨を奉じ忠勇の名あり。後豊後に赴き終に陣沒す。忠直の子氏儀、其の子久親、猶ほ〓後に在りて官軍たり。嶋津氏久、久親を招き、日州深川院を與へしが、其の二子戰沒して祀絕ゆ」とぞ。

姓氏家系大辞典 第1巻 215コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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