五七桐

関岡

せきおかSekioka

全国4932位 ・ 約2,160人

関岡(せきおか)は、○○・岩代などにこの地名がある(この二字は原文が崩れている)。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
せきおか
ローマ字
Sekioka
全国順位
全国4932位
推計人数
約2,160人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

関岡をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Sekioka読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「関岡」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第3巻 439コマに「家紋五七桐、丸に二引」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 岩代国(福島県)
  • 伊賀国(三重県)
  • 伊勢国(三重県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

関岡(せきおか)は、○○・岩代(福島県)などにこの地名がある(この二字は原文が崩れている)。 【1】清和源氏新田氏流 ― 伊賀国(三重県)の○族で、同国の関岡から起こる。大館氏○の後と称する。 「大日本史」に「大館氏○は、正平十六年、行ってその母方の家である伊勢国(三重県)司源顕能の部下に属し、伊賀関岡城に居た。顕能は娘をこれに嫁がせた。……(中略)氏○はしきりに戦功を立て、国内の兵士で服部・柘植の諸氏をはじめ服従しない者はなかった。応永十九年に卒した」(「関岡家始末」)とある。 ……(中略)その系図は、「関」「家」「末」などによれば次のとおりである。 「大館左馬助氏○(関岡屋形と号す。母は北畠顕能の妹。延元二年生まれ。興国四年、伊勢に至り国司に謁した。正平十六年伊勢国に住み、後に伊賀国関岡に居た。応永二十九年八月十九日卒、七十六歳、法名慈光院顕山)―氏隆(関岡屋形。母は顕能卿の娘。康正元年、入道して宗三と号し、同年八月二十九日卒、六十歳、蓮華院)」 「氏元(伊賀太郎。母は島尾大和守の娘。寛正元年四月、畠山と戦って討死した)、弟の氏則(関岡荒二郎。応仁の乱で東軍に属した)。……(中略)」 (このあと原文は次の見出し「関口」の記事に移っている) 今川国氏の子・常氏は関口次郎といい、その弟・経国は関口五郎という。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

關岡セキヲカ售價、岩代等に此の地名あり。 1〓和源氏新田氏流伊賀國の憂族にして、同國關岡より起る。大館氏〓の後なりと稱す。大日本史に「大館氏〓、正平十六年、往きて其の母家伊勢國司源顕能部下に屬し、伊賀園岡城に居る。顯能·女を以つて之に妻はす、云々氏〓·累リに戰動を建て、國内の兵士、服部、柘植の諸氏より服從せざるなし、應永十九年卒(關岡家始末)」と。……その系圖は、關 家 末等に據るに、「大館左馬助氏〓(關岡鼠形と號す。母は北島顯能妹。延元二年生。興國四年、伊勢に至り國司に惡る。正平十六年伊勢國に住み、後伊賀國關岡に居る。應永廿九年八月十九日卒、七十六歲、法名慈光院顯山)-氏隆(關岡屋形。母は顯能卿の女。康正元年、入道して宗三と號し、同年八月廿九日卒、六十歲、蓮華院)-氏元(伊賀太郎、母島尾大和守女.寛正元年四月、畠山と戰ひて討死す)、弟氏則(關岡荒二郞、應仁の亂、東軍に屬す。……今川國氏の男·常氏は關口次郞と云ひ、其の第·經國は關口五郞と云ふ。

姓氏家系大辞典 第3巻 438コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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