野津

のつNotsu

全国1736位 ・ 約9,070人

野津(のつ)は、前の二項を参照。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
のつ
ローマ字
Notsu
全国順位
全国1736位
推計人数
約9,070人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

野津をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Notsu読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 伯耆国(鳥取県)
  • 豊前国(福岡県・大分県)
  • 肥後国(熊本県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

野津(のつ)は、前の二項を参照。また伯耆(鳥取県)・豊前(福岡県・大分県)・肥後(熊本県)などにこの地名が存する。 【1】大友氏族 ― 豊後国(大分県)大野郡野津院から起こる。「大友系図」に「親秀の子・頼宗(初名親直。野津五郎。法名阿一、嘉元三乙巳年三月十六日卒去。母は小河左衛門督の娘。野津の祖である。庶流に吉岡・波津・久戸・上椎原・荒瀬・久土知・岩屋・御久里・笠良木・佐渡原・小河内・長小野など)」と載せ、またその兄・一傾参―円時―師親……(引用はここで途切れている)

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

野津ノツ前二條參照。又伯耆、豐前、肥後等に此の地名存す。 1大友氏族豐後國大野郡野津院より起る。大友系圖に「親秀の子賴宗(初名親直.野津五郞。法名阿一、嘉元三乙巳年三月十六日卒去。母は小河左衞門督の女。野津の祖也。庶流吉岡、波津、久戶、上椎原、荒瀨、久土知、岩屋、御久里、笠良木、佐渡原、小河內、長小野等」と載せ、又其の兄一傾參-圓時-師親……

姓氏家系大辞典 第5巻 34コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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