船田
ふなだFunada
全国1739位 ・ 約9,060人
船田(ふなだ)は、「和名抄」に相模国愛甲郡に船田郷を収め、フナキタかという。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- ふなだ
- ローマ字
- Funada
- 全国順位
- 全国1739位
- 推計人数
- 約9,060人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
船田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Funada読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「船田」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
丸に片喰
ハート形のカタバミの葉を三枚、丸く寄せた図案。
『姓氏家系大辞典』第5巻 374コマに「家紋丸に鳩酸草、智惠の輪」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 相模国(神奈川県)
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 美濃国(岐阜県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
船田(ふなだ)は、「和名抄」に相模国(神奈川県)愛甲郡に船田郷を収め、フナキタかという。そのほか武蔵(東京都・埼玉県)・美濃(岐阜県)・岩代(福島県)などにこの地名が存する。 【1】関東の船田氏 ― 新田義貞の臣・船田義昌の後である。義昌は新田家の重臣で、「太平記」巻七に「新田義貞、執事船田入道義昌云々」とあり、新田の項に詳しい。また巻十に舟田入道、十四に船田入道・同長門守、十五に舟田長門守経政、十九に船田長門守の若党・葛新左衛門、二十に船田長門守政経などが見え、また「梅松論」巻下に船田入道・由良右衛門尉を載せている。上野佐位郡新川の善昌寺は舟田義昌入道善昌の建立と伝える。 【2】源姓舟田 ― 江戸幕臣で、家紋は丸に鳩酸草、智恵の輪。寛政系譜に金十郎高通(善四)などが見える。 【3】清和源氏新田氏族 ― 大島又太郎義員の男・経政は、舟田美作入道月胃の養子となって船田長門守と称し、武州舟田に住んだという。 【4】岩磐の船田氏 ― 柏河郡船田邑から起こる。舟田入道真海、その子・与十郎友継などがある。百目木の項を参照。また天文二十年○月二十一日、盛氏の判書に舟田式部少輔を載せ、また「須田紀伊守義時の二男・松五郎は、四白河五ヶ村船田善左衛門の養子となり、舟田善左衛門尉と称した」とある。須田の項を参照。 【5】雑載 ― また美濃の豪族・船木氏の家臣に船田氏がある。また新田松平支藩の重臣に見える。そのほか岩磐・武蔵・上野(群馬県)・下野(栃木県)などに多いという。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
船田フナダ和名抄、相摸國愛甲郡に船田卿を收む、フナキタかと云ふ。その他、武蔵、美濃、岩代等に此の地名存す。 1關東の船田氏新田義貞の臣船田義昌の後也。義昌は新田家の重臣にして、太平記卷七に「新田義貞·執事船田入道義昌.云々」新田條に詳か也。また卷十に舟田入道、十四に船田入道、同長門守、十五に舟田長門守經政、十九に船田長門守が若黨葛新左衞門、二十に船田長門守政經等見え、又梅松論卷下に船田入道、由良右衞門尉を載せ、上野佐位郡新川の善昌寺は舟田義昌入道善昌の所建と傳ふ。 2源姓舟田にて、江戶幕臣也、家紋丸に鳩酸草、智惠の輪。寛政系譜に金十郞高通(善四)等見ゆ。 3清和源氏新田氏族大島又太郞義員の男經政·舟田美作入道月胃の養子と爲りて船田長門守と稱し、武州舟田に住すとぞ。 4岩磐の船田氏柏河郡船田邑より起る。舟田入道眞海、その子與十郞友繼等あり、百目木條を見よ。又天文二十年七月二十一日盛氏の判書に舟田式部少輔を載せ、又「須田紀伊守義時の二男松五郞·四白河五ヶ村船田善左衞門養子となり、舟田善左衞門尉と稱す」と、須田條を見よ。 5雜載又美濃の豪族船木氏家臣に船田氏あり。また新田松平支藩重臣に見ゆ。その他、岩磐、武藏、上野、下野等に多しとぞ。武蔵等に存す。武蔵に在りと。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
船田と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
船田に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「船」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が船田の前後にある名字です。
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