菅
かんKan
ほかの読み: すが
全国471位 ・ 約4.3万人
菅(すが/すげ/かん)は、「すが」と読むものは前の各項と通じるので、あわせて参照。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- かん ・ すが
- ローマ字
- Kan
- 全国順位
- 全国471位
- 推計人数
- 約4.3万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.035%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
菅をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
「かん」と読む場合
Kan読みをそのまま写した形
「すが」と読む場合
Suga読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 近江国(滋賀県)
- 信濃国(長野県)
- 但馬国(兵庫県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
菅(すが/すげ/かん)は、「すが」と読むものは前の各項と通じるので、あわせて参照。「すげ」と読むものは「スゲ」の項を参照。「かん」はこれらを音読し、また菅原・菅野などを省略して音読したものなので、「スガハラ」「スガノ」の項を参照。 【1】菅原姓 ― 菅原氏は早くから略して菅氏と称した。『文華秀麗集』に菅○公、『扶桑集』に菅丞相、菅三品などとあるのは、皆それである。後世も菅氏のうちには菅原姓というものが少なくない。 【2】中原姓 ― 近江発祥の名族で、江州(滋賀県)中原氏系図に「愛知大領成行―中三郎行遠―信景(菅太郎)」と見える。 【3】中臣習宜姓 ― 物部氏の一族、習宜朝臣の子孫という。「スゲ」の項を参照。 【4】信濃(長野県)の菅氏 ― 伊那郡の大族で、『東鑑(吾妻鏡)』治承四年四月十日の条に「一条次郎忠頼、云々、平氏の味方である菅冠者を伊那郡大田切○の城に襲った。冠者はこれを聞き、まだ戦わないうちに館へ火を放って自殺した、云々。明神の罰に当たったのか」とある。「小田切」の項を参照。 『細見記』によれば「大田切城は赤穂村にある。菅冠者友則が居城を構えて住んだ。治承四年九月、武田太郎信義の嫡男・一条次郎忠頼が源頼朝に属してこれを破った。子は友国、孫は友一で、名跡を失った」という(○氏)。これより前、『平治物語』に平家の侍・菅親子がある。 【5】日檜族 ― 但馬国(兵庫県)出石郡の菅邑から起こった。『延喜式』は出石郡に須義神社を収める。貞観十年十二月紀に「但馬国の正六位上・菅神に従五位下を授け奉る」というのも、これかという。ただし、この国の二方郡に須加神社があるので、菅神はその方だとの説もある。須義神社は後世、菅八幡社と称する。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
菅スガスゲクワン、スガと訓むものは、前の各條と通ずるが故に、併せ見よ。スゲと訓むものはスゲ條を參照せよ。クワンは此等を音讀し、又菅原、菅野等を省略して、音讀せしなれば、スガハラ、スガノ條を見よ。 1菅原姓菅原氏は早くより略して、菅氏と稱す。文華秀麗集に菅〓公、扶桑集に菅丞相。菅三品などある、皆然り。後世も菅氏の內には、菅原姓と云ふもの尠からず。 2中原姓近江發祥の名族にして、江州中原氏系圖に「愛知大領成行-中三郞行遠-信景(菅太郞)」と見ゆ。 3中臣習宜姓物部氏の族、習宜朝臣の後裔と云ふ。スゲ條を見よ。 4信濃の菅氏伊那郡の大族にして、東鑑、治承四年四月十日條に「一條次郞忠頼云々、平氏の方人·菅冠者を伊那郡大田切〓の城に襲ふ。冠者·これを聞き、未だ戰はずして、火を館に放ちて、自殺す云々。明神の罰に預るか」と小田切條參照細見記に據るに「大田切城は赤穂村にあリ。菅冠者友則·居城を構へ住す。治承四年九月、武田太郞信義の嫡男一條次郞忠賴·源頼朝に屬して之を破る。子は友國、孫は友一にして、名跡を失ふ」と(團氏)。これより前、平治物語に、平家の侍·菅親子あり。 5日檜族但馬國出石都菅邑よリ起る。延喜式、出石郡に須義神社を收む、貞觀十年團十二月紀に「但馬國正六位上菅神に從五位下を授け奉る」と云ふも、こいかと云ふ。但し當國二方郡に須加神社あれば、菅神は其の方との說も存す。須義神社は、後世菅八幡社と稱す。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
菅と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
「すが」と読む名字
同じ漢字を使う名字
菅に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「菅」で始まる・菅を含む名字
菅の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が菅の前後にある名字です。
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