羽賀
はがHaga
全国1602位 ・ 約9,960人
羽賀(はが)は、常陸・岩代・若狭などにこの地名があり、また○(原文が崩れて読み取れない)とも通じて用いられる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- はが
- ローマ字
- Haga
- 全国順位
- 全国1602位
- 推計人数
- 約9,960人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
羽賀をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Haga読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 岩代国(福島県)
- 若狭国(福井県)
- 上総国(千葉県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
羽賀(はが)は、常陸(茨城県)・岩代(福島県)・若狭(福井県)などにこの地名があり、また○(原文が崩れて読み取れない)とも通じて用いられる。 上総(千葉県)の羽賀氏は千葉氏配下の将で、芳賀・垪賀などとも書く。武射郡鳴戸駅の……(この先は原文の行が崩れていて読み取れない)城に拠った。 「総森記」に「鳴戸城は羽賀越前守常道の居城である。天正十八年、慶南城主武田信英、大滝城主正木大膳、白井城主原式部が万木城を攻めたとき、鳴戸の羽賀氏も○(原文が崩れていて読み取れない)」とある。 思うに鳴戸はもとは千葉氏の属城で、印東の一族が○(原文が崩れていて読み取れない)ここに居り、のちに変遷があって、羽賀の一族がここに居たのであろう(「国志」)という。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
羽賀ハガ常陸、岩代、若狹等に此の地名あり、又前後敬條と通じ用ひらる。上總の羽賀氏千葉氏配下の將にて、芳賀、垪賀等にも作る。武射郡鳴戶驛の四なる城疊に據れり。總森記に「鳴戶城は羽賀越前守常道の居なり。天正十八年、慶南城主武田信英、大瀧城主正木大膳、白井城主原式部の萬木城を攻むるや、鳴戶の羽賀氏も之に奥露たり」と蓋し鳴月は本來千葉氏の屬城にして、印東の族·移りで之に居り、後沿革ありて、羽賀の族·之に居りしならん(國志)と。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
羽賀と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
羽賀に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「羽」の字を含む名字
「羽賀」で始まる・羽賀を含む名字
羽賀の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が羽賀の前後にある名字です。
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