竹尾
たけおTakeo
全国2216位 ・ 約6,610人
竹尾(たけを・たけのを)は、 【1】大江氏族 ― 駿河国の名族で、一に竹生とある(「寛永系図」)。
1件の公開家系図に 1人
基本情報
- 読み
- たけお
- ローマ字
- Takeo
- 全国順位
- 全国2216位
- 推計人数
- 約6,610人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「竹尾」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
丸に九枚笹
細長い笹の葉を三枚、扇に開いた図案。
『姓氏家系大辞典』第4巻 7コマに「家紋丸に九枚笹、五丁子車」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 駿河国(静岡県)
- 三河国(愛知県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
竹尾(たけを・たけのを)は、 【1】大江氏族 ― 駿河国(静岡県)の名族で、一に竹生とある(「寛永系図」)。先祖泰好に至って源氏に改め、その子泰兼が駿河国花沢の竹尾城に住んだことにより竹尾を氏とした。後に藤原姓に改めたという。……(この先は原文の行が崩れていて読み取れない) 江戸幕臣、千六百七十石。「寛政系譜」に見える。たけちの項を参照。……(この先は原文の行が崩れていて読み取れない) 【2】藤原姓 ― 三河国(愛知県)額田郡の豪族で、舞木城(舞木村)は竹尾東一の居城で、天文十七年、明大寺合戦に討死した。当城は竹尾・太田・松平の三家で築いた(「二葉松」)。幕臣藤姓竹尾氏は三河国竹尾郷から起こるというが、この流れであろうか。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
竹尾タケヲタケノヲ1大江氏族駿河國の臺族にして、一に竹生とあり(寛永系圖)。先祖泰好に至り、源氏に改め、其の子泰兼·駿河國花澤の竹尾城に住せしにより竹尾を氏とす。後藤原姓に改むと。……江戶幕臣、千六百七十石。寬政系譜に見ゆ。あり、タケチ條を見よ。……少貳経責2藤原姓彦河國額田郡の豪族にして、舞木城(舞木村)は竹屋東一の居城にして、天文十七年、明大寺合戰に討死す。當城は竹尾、太田、松平の三家にて築く(二葉松)。幕臣藤姓竹尾氏は三河國竹尾郷より起ると云ふ、此の流か。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
愛知県の資料にも載っています
『角川日本姓氏歴史人物大辞典 23 愛知県』(角川書店、1991年) p.778
愛知県の姓氏を集めた辞典に「竹尾」の項があります。本文はこのサイトには載せていません。お近くの図書館などでご覧ください。
この名字の人々
同じ読みの名字
竹尾と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
竹尾に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「竹」の字を含む名字
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
