穴田

あなだAnada

全国3158位 ・ 約4,140人

穴田(あなた)は、「和名抄」に近江国犬上郡に○田○、備中国下道郡に穴田郷があるとし、安奈多と注する。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
あなだ
ローマ字
Anada
全国順位
全国3158位
推計人数
約4,140人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

穴田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Anada読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 近江国(滋賀県)
  • 備中国(岡山県)
  • 長門国(山口県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

穴田(あなた)は、「和名抄」に近江国(滋賀県)犬上郡に○田○、備中国(岡山県)下道郡に穴田郷があるとし、安奈多と注する。 【1】穴田君 ― 近江犬上郡の古い姓で、本郡の宝田○という地から起こるか。「軽野神社古縁起」に袁邪本王の裔とし、蚊野別の一族という。 【2】穴田氏 ― 前項の氏の後という。 穴門(あなと)は、長門国(山口県)の古い名で、仲哀紀・応神紀および「国造本紀」などに見え、この氏はこの地名を負ったものである。 【1】穴門国造 ― 仲哀紀に穴門とある地で、後の長門国である。……(中略)桜井田部連は応神天皇の妃を出した家だが出自は詳らかでない。ただしその連姓であることから、天神あるいは天孫族であったと推察できる。 【2】穴門直 ― 穴門国造家の氏姓である。仲哀紀四年の条に「穴門直践立が献じた水田の名は大田」と見える。長門豊浦の住吉神社大宮司の系図に、明立天御影命の裔で遠都鳥命の子を穴門直議立とし、秋根村の若宮はこの践立を祭るという。もしそうであれば、この氏は天津彦根命の後裔で凡河内氏の一族である。 【3】穴門彦 ― 垂仁紀二年の条にいう「意富加羅国王の子、名は都怒我阿羅斯等云々。日本国に聖皇があると伝え聞き、帰化した。穴門に着いたとき、その国に人があり、名は伊都々比古といい、臣に告げて言うには『私はすなわちこの国の王である。私のほかに二人の王はいない。だから他所へ行くな』と」という。 しかし臣が○その人を見ると、必ずしも王ではないと知った。そこであらためて選んで云々」と見えるこの穴門は、「地名辞典」にいう「筑前国(福岡県)那珂郡那津であって、伊都々比古は伊観県主であろう」とする。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

穴田アナタ和名抄近江國犬上郡に寳田〓、備中國下道郡に穴田郷あり。安奈多と註す。 1穴田君近江犬上郡の古姓なり、本郡寶田〓なる地より起れるか。輕野神社古緣起に袁邪本王の裔とせり、蚊野別の族也。 2穴田氏前項氏の後なり。穴門アナト穴門は長門國の古名にして仲哀紀、應神紀及び國造本紀等に見ゆ。此の氏は此の地名を負ひしなり。 1穴門國造仲哀紀に穴門とある地にして後の長門國なり。……櫻井田部連は應神皇妃を出したる家なれど出自詳かならず。されど其連姓なるより天神或は天孫族なるを察するを得べし。 2穴門直穴門國造家の氏姓なり。仲哀紀四年條に「穴門直踐立獻ずる所の水田名は大田」と見ゆ。長門豊浦の住吉神社大宮司の系圖に、明立天御影命の裔、遠都鳥命の子を穴門直議立とし、秋根村の若宮は此の踐立を祭ると云ふ。果して然らば此の氏は天津彥根命の後裔にして凡河內氏の一族なり。 3穴門彥垂仁紀二年條に云ふ、「意富加羅國王の子、名は都怒我阿羅斯等云々、日本國に聖皇あるを傳聞き以て歸化す。穴門に到る時、其國に人あり、名は伊都々比古、臣に謂ひて曰く、吾則ち是れ國王也。吾を除きて復二王なし。故に他處に往くなかれと。然れども臣〓ら其人を見るに、必ず王にあらざるを知る也、卽ち更に選る云々」と見ゆる穴門は、地名辭典に云ふ「筑前國那珂郡那津にして伊都々比古は伊観縣主ならむ」と。

姓氏家系大辞典 第1巻 77コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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