折原
おりはらOrihara
全国1711位 ・ 約9,230人
折原(おりはら)は、 【1】丹党 ― 前項第一項を参照。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- おりはら
- ローマ字
- Orihara
- 全国順位
- 全国1711位
- 推計人数
- 約9,230人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
折原をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Orihara読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 志摩国(三重県)
- 阿波国(徳島県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
折原(おりはら)は、 【1】丹党 ― 前項第一項を参照。武蔵(東京都・埼玉県)に現存する。また折原は志摩(三重県)・伊勢(三重県)にもある。……(中略)おそらく前項の織原氏と同一だろうか。建武三年十一月の文書に「阿波国(徳島県)桑野保内海八幡宮神主職、ならびに免田等の事。伴恒光の所、右の人をもって云々」とある。この氏は伴姓だったものか。また延文改元九月の文書に「橋八幡宮免田云々、折原刑部丞に預かる所実なり」と載せている。 (このあと原文は次の見出し「折敷瀬(おりふせ)」の記事に移る) 折敷瀬(おりふせ)は、肥前国(佐賀県・長崎県)彼杵郡折敷瀬邑から起こる。この地は、あるいは折宇瀬、あるいは折尾瀬とも書く。 【1】源姓早岐氏流 ― 正平十七・十八年および応安五年の一揆連判状に「折敷瀬式部蔵人、同源内源幸政」を載せている。……(中略)その後「右衛門があり、折敷瀬を賜った」という。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
折原ヲリハラ1丹黨前條第一項を見よ。武藏に現存す。又折原と志摩、伊勢にあり。……蓋し前條織原氏と同一ならんか。建武三年十一月の文書に「阿波圖桑野保內海八幡宮神主職、井に免田等の事。伴恒光所、右人を以つて云々」と。此の氏は伴姓なりしか。又延文改元九月文書に「橋八幡宮免田云々、折原刑部承に預る所實也」と載せたり。折數潮ヲリフセ肥前國彼杵郡折敷瀨邑より起る。この地、或は折宇瀨、或は折尾瀨に作る。 1源姓早岐氏流正平十七八年、及び應安五年の一揆連判狀に「折字瀨式部藏人、同源內源幸政」を載せたり。……その後「右衞門あり、折敷瀨を賜ふ」と云ふ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
折原と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
折原に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「折」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が折原の前後にある名字です。
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