菊水

山瀬

やませYamase

全国3405位 ・ 約3,750人

山瀬(やませ)は、 【1】橘姓 ― 楠木正成の後裔だという。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
やませ
ローマ字
Yamase
全国順位
全国3405位
推計人数
約3,750人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

山瀬をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Yamase読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「山瀬」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第6巻 320コマに「家紋菊水、丸に蔦」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 紀伊国(和歌山県)
  • 山城国(京都府)
  • 備前国(岡山県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

山瀬(やませ)は、 【1】橘姓 ― 楠木正成の後裔だという。「寛政系譜」に「甚之丞正家(一に正信、天正十七年〇-大左衛門正次-甚五郎政盛)」とある。家紋は菊水、丸に蔦。 【2】雑載 ― 紀伊(和歌山県)の医師に如水軒山瀬春政があり、通称を梶取屋治右衛門(薬屋)といった。また堀尾山城守給帳に「三百石 山瀬七耶右衛門」を挙げる。また琴に山勢検校があり、三代山勢松韻(実は吉田経輔の男)は明治時代に名を挙げた。また備前(岡山県)などに存する。 (このあと原文は次の見出し「頬摩瀬(やませ)」の記事に移る)信濃国(長野県)高井郡の「夜圓瀬色」(原文の字が崩れている)より起こるか。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

山瀨ヤマセ1橋姓楠木正成の後也と云ふ。寛政系譜に「甚之丞正家(一に正信、天正十七〓-大左衞門正次-甚五郞政盛」。家紋菊水、丸に蔦。甚と見ゆ。 2雜載紀伊の醫師に如水軒山瀨春政あ'.通稱を梶取屋治右衞門(藥屋)と云よ。又堀尾山城守輪帳に「三百石山瀨七耶右衛門」を擧ぐ。又琴に山勢檢校あり、三代山勢松韻(實は吉田經輔男)は明治時代名を擧ぐ。又備前等に存す。預摩瀨ヤマセ信泰國高井郡夜圓瀨色より起るか。

姓氏家系大辞典 第6巻 320コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

山瀬に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が山瀬の前後にある名字です。

存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →