加賀美
かがみKagami
全国3288位 ・ 約3,920人
加賀美(かがみ)は、鏡・各務・加々美などと通じて用いられる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- かがみ
- ローマ字
- Kagami
- 全国順位
- 全国3288位
- 推計人数
- 約3,920人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
加賀美をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kagami読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「加賀美」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
『姓氏家系大辞典』第2巻 136コマに「家紋中太松皮萎、割菱、五七格桐、王文字」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 加賀国(石川県)
- 美濃国(岐阜県)
- 甲斐国(山梨県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
加賀美(かがみ)は、鏡・各務・加々美などと通じて用いられる。 【1】各務勝流 ― 各務の項第六・第七の両項を見よ。美濃(岐阜県)の各務勝の一族が、甲斐国(山梨県)中巨摩郡に移住して各務という地名が生じた。後に加賀美という。甲州において大いに栄えたが、遠光が武田氏から出てこの氏名を冒したことから、全族が源氏を称する。寛政系譜に二家を載せる。家紋は中太松皮菱、割菱、五七桐、王文字。 【2】清和源氏武田氏流 ― 甲斐国巨摩郡加賀美荘から起こる、前項の氏と関係があるはずである。……(中略)しかし年代から考えると、遠光は義○の子で、安田義定の弟ではないか、考えるべきである。武田系図に「義○―遠光(加々美次郎)」とある。 遠光は、一本の系図に「康治二年(癸亥)二月二十八日、甲州加々美に生まれる。童名は豊松丸(小笠原系図に豊光丸)、保元二年正月十五日元服、年十五で新田義重を加冠として加々美二郎と号した」と見え、「平治物語」に「甲斐源氏賀々美次郎」、「平家物語」に「鏡次郎遠光、同小次郎長○」、また「加賀見次郎遠光、小次郎長○」とある。 「源平盛衰記」に「加々見次郎遠光」あるいは「加々美次郎遠光」(武田太郎信義の弟とする)。「東鑑」治承四年十月十九日条に「加々美次郎長○」、同文治元年八月二十九日条に「去る十六日、除目があり、遠光は信濃守」とある。「小笠原系図」に「寛喜二年四月十九日卒、八十八歳、大明神と崇められる」と見える。 長○は「東鑑」巻一・二・五・六・八・九・十一・十三・十四・十五に見え、また小笠原ともある、その項を見よ。また大治五年七月十九日条に「その子・同太郎長経(普通本は長綱)」とある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
加賀美カガミ鏡.各務、加々美等と通じ用ひらる。 1各務勝流各務條第六、第七兩項を見よ。美濃各務勝の一族、甲斐國中巨摩郡に移住して各務なる地名生ず。後加賀美と云ふ。甲州に於いて大いに榮えしが、遠光·武田氏より出でゝ此の氏名を冒せしより全族源氏を稱す。寬政系譜二家を載す。家紋中太松皮萎、割菱、五七格桐、王文字。 2清和源氏武田氏流甲斐國巨摩郡加賀美庄より起る、前項氏と關係あるべし。……されど年代より考ふれば、遠光は義〓の子にて、安田義定の弟ならんか、考ふべし。武田系圖に「義〓-遠光(加々美次郞)」とあリ。遠光は、一本系圖に「康治二癸亥二·廿八、甲州加々美に生る。童名豐松丸(小笠原系圖に豐光丸)、保元二十一、十五元思、年十五、加冠新田義重、號加々美二郞、」と見え、平治物語に「甲斐源氏賀々美次郞、」平家物語に「鏡次郞遠光、同小次郞長〓、」また「加賀見次郞遠光、小次郞長〓、」源平盛衰記に「加々見次郞遠光或は「加々美次郎遠光」(武田太郎信義の弟とす)。東鑑治承四年十月十九日條に、「加々美次郞長〓、」同文治元年八月廿九日條に「去る十六日、除目あり、遠光は信濃守」と。小笠原系圖に「寛喜二年四月十九日卒、八十八歲、大明神と崇めらる」と見ゆ。長〓は東鑑卷一、二、五、六、八、九、十一、十三、十四、十五に見え、又小笠原とあり、その條を見よ。又大治五年七月十九日條に「その子同太郞長經(普通本長綱)」と。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
加賀美と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
加賀美に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「加」の字を含む名字
「賀」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が加賀美の前後にある名字です。
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