美濃部

みのべMinobe

全国4119位 ・ 約2,840人

美濃部(みのべ)は、前の項を参照。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
みのべ
ローマ字
Minobe
全国順位
全国4119位
推計人数
約2,840人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

美濃部をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Minobe読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 美濃国(岐阜県)
  • 近江国(滋賀県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

美濃部(みのべ)は、前の項を参照。 【1】菅原姓 ― 近江国(滋賀県)甲賀郡美濃邑から起こる。伝えていうには、道真が左遷された時、淳茂がこの国に来てこの地に居り、一子を生んだ、その後裔であるという。「応仁記」巻三に美濃部氏が見え、佐々木に従う。また明応三年十月、六角高頼と佐々木山内三郎が合戦した時、美濃部兵衛三郎貞茂は六角氏に属し一族が討死したという(家譜)。また永禄六年の諸役人付に美濃部重右衛門尉を載せ、また甲賀二十一騎・柏木三家の一つに見える。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

美濃部ミノベ前條參照。 1菅原姓近江國甲賀郡美濃邑より起る。傳へ云ふ、道眞左遷の時、淳茂·當國に來り、此の地に居り、一子を生む、その裔也とぞ應仁記卷三に美濃部氏見え、佐々木に從ふ。又明應三年十月、六角高賴と佐々木山内三郞と合戰の時、美濃部兵衞三郎貞茂·六角氏に屬し一族討死と(家譜)。又永祿六年諸役人附に美濃部重右衞門尉を載せ、又甲賀二十一騎、柏木三家の、一に見ゆ。

姓氏家系大辞典 第6巻 109コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

美濃部と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

美濃部に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が美濃部の前後にある名字です。

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